テラスレストランからの眺め
私が宿泊したプラザホテルはハバナビエハの中心にあるオールドホテル。古い建物を少しずつ改築しながら大事に使っているところが見て取れ、そこそこの快適性と立地の良さ、そしてノスタルジックな雰囲気は外国人観光客に人気のようだ(最もヘミングウェイのファンは、近くのヘミングウェイの定宿に泊まるのだろうが)。

ハバナビエハはハバナの旧市街で、アメリカとの国交が絶たれて以来時が止まった様に昔のままの町並みが残っている。革命直後は国も人々も大変な思いをしてきたのだと思うが、日本のような開発の波にさらされなかったことで、彼らの日常生活を送るフツーの町並みが「世界遺産の観光地」として注目されるようになり、多くの外国人が訪れるようになったのだ。

窓を開けて外を眺めるとカーラーを巻いたおばちゃんが洗濯物を干していたりして、「日本だったら東京の一等地に住んでる感覚だよなぁ。絶対庶民には手が届かないよなぁ」と不思議な光景にしみじみしてしまった。


一人旅の私を冷やかす若者ホテルの朝食会場は屋上階にあるテラスレストラン。
「ちょっと浸りながら食事でもしちゃおかな~」と、テラスに出て食事をしていると、目の前の改築中のホテルから思いっきりボディーランゲージで話しかけてくる若者達がいた。

「は?聞こえないんですけど。」

欧米人の様に両手を宙に向け首をすくめて見せると、今度は「下に降りてきてよ。」って言っているのがわかる。
ははあ。これが例のキューバのたかり少年なのかも。

旅人達のキューバ旅行記を読むとだいたいこのたかりのことにふれている。
キューバで英語を話し、外国人に近づいてくるキューバ人の99%はたかりが目的だと。
かといって彼らに悪意があるわけでもなければ、イヤな奴らでもない。むしろそれ以上に人がよく、楽しい奴らなので「俺は金蔓か?」という思いと「いい友達が出来た」という思いが入り交じって葛藤するらしい。

5年前の私だったら「いくいく!」って喜び勇んで駆け下りるところなんだけど。今回の旅はなんだか慎重なんだよねぇ。それにユーロの現金あんまし持ってないから初日からたかられるのは困るのよ、正直言って。

彼らの誘いに「それより仕事しろよ」なんてつぶやきながら笑顔で首を振り、ハバナの町の一人歩きに出かけた。


ハバナの住宅街の一角博物館だの観光地だのにさほど興味がない私は、繁華街を通り抜けて住宅地をあてどもなく歩いてみた。
1本の通りをはさんでコンクリートの似たような作りの古い建物がずらーーっと並んでいる通りで、テラスの植物に水をあげたり、散歩をするおじいちゃんがいたり、どこにでもあるような光景だ。

そして、時々、玄関ドアに青い碇のマークの付いた家が現れる。なんだ、こんな近くにもあるんじゃん。民宿。(参考:キューバの宿泊事情


ところで、ハバナを歩いてみて、これって初めて見る光景だなぁと思ったのが商業施設の様子。

時計や電化製品など高価な品物がショーケースに入れられて博物館のように陳列されているとか、安くて美味しい食べ物屋の行列がすごいっていうのは、さいとう夫婦の漫画とか、いろんな人の旅行記で見て知っていた。
「ああ、これか。例の社会主義国名物の行列。」って気安くのぞき見していたくらいだ。


ところが、青果市場の前を通り過ぎた時にはちょっとびっくり。こんな活気のない市場は初めて見た。

市場の様子大きな台の上にズッキーニが10本とか、トマトがひと山だけとか、なんだか田舎の野菜の無人販売より商品が少ない。旅行に出る度に市場を除いては「庶民の台所」だの「活気がすごい」だの「魚や肉がグロイ」だの好き勝手なことを言っていた我々はなんなのだろう・・・と思ってしまった。

メキシコのメルカドでは、山と盛られたトマトや唐辛子に売り子の親父が埋もれていたくらいなのに、キューバでは買い物客に商品が埋もれている感じ。勿論、住宅地の小さな市場だから売れる量しか仕入れないのかもしれないが、物であふれた資本主義の世界と統制された社会主義の世界の違いが市場一つで見えた気がした。

「一人で済む仕事を大勢で分け合っている結果なのかもしれないなぁ。なんだろなぁ」

こうやって私のキューバでいろいろ考える旅は始まったのであった。