中国の必須アイテムといえば! 宿に荷を降ろし早速町に繰り出した私は3日間の列車の旅に備えて非常食料を買い込んだ。
ここで中国旅行には必需品といえる茶(写真は鉄観音)も忘れてはならない。 中国の人々は出かけるときには必ずと言っても過言ではないくらい、皆、My水筒(カップ)を持ち歩いている。 当然、お湯は何処でも簡単に手に入れられる。列車の中でも車掌が配りに来るほどだ。
そして、どんなに安い宿にも必ずこのようなお茶セットが備え付けてある。中国の旅では、飲み物だけは心配いりません。飲み物だけは。

翌朝、香港で手配した寝台列車に乗るべく、広州駅へと向かった。 さすがに華南地方一の大都市だけあって、駅前はものすごい人混み。
大荷物を抱えて進む人や、その辺に座り込んでいる人、ただただぼーーーっと立っている人にぶつからないよう、隙間を見つけては、駅構内への入口らしきところ(人混みの一部に人がすこしづつ内部に吸い込まれていく部分がある)へと一歩一歩すすみゆく。


実は、香港で切符を買ったとき、最初切符の予約証の様な紙をもらった。

「これは切符なの?」

おずおずと聞くと、係りの男性は説明がうまくできないのか困った様な顔をし、 そして、小さな薄っぺらい紙に手書きで購入した寝台列車の内容を書いてくれた。

昔、列車内で乗り越し精算をしたとき車掌さんが発行してくれた紙の様な、そんな白くてぺらぺらの複写式の紙である。どうやら、この紙は切符の変わりになるようだ。

先ほどの予約証の様なものは、中国に入ってから本物の切符と引き替える引換証で、通常はこの引換証をもって旅行会社指定の場所(通常、その旅行会社の現地支店)で切符を受け取る。
私のおどおどとした態度をみた係りの男性は、「こいつには無理だ!」と判断したのかしないのか、切符の代わりのものを作成してくれた。

広州の駅でこのものすごい人の渦を目にし、成すが儘にその渦に紛れ込んで進みながら、 「先に切符を貰えて良かったなぁ」とつくづく思った。バーゲン会場でおばちゃんにもみくちゃにされている気分。 もし、切符が駅受け取りとかだったら、人を交わしながら場所を探しているうちに電車は行ってしまった気がする。

駅構内と外との境目に立っている係員に自分の切符を見せ、なんとか駅構内に入構。 そのあと、電光掲示板で、自分の乗る列車の待合室を確認する。

中国では、乗車する列車毎に待合室が設けられており、入口で検察を受け入室し待機する。 乗車時間になると内部にあるホームまでの入口が開き、人々は一目散に列車に走る。 日本の様にホームで並んだりしないので、指定席じゃない人はここのダッシュが勝負所。 大荷物の人や足腰の弱い人は大変だなぁ。

さて、私はというとこの待合室に入る入口で止められた(笑)。
私の切符を見ながら係員はなにやら中国語で言って来るんだけど、何言ってるのかさっぱりわかんない。

「え?この切符じゃ入れないの?」

何回か英語で問いかける私を中国人じゃないなと判断はしてくれたみたいだが、なおも中国語でなんか言ってる。

結局、お互い通じない言葉で3分は好き勝手言っていたが、 「もういいよ、入んな」と半分あきらめたかの様な態度で入れてくれた。

切符を正式なものに替えてこいと言っていたのか、待合室はここじゃないと言っていたのか今となってはよくわからん。 そして、その間私の後ろで入室できなくて待っていた人、ごめんなさい(^^;;

待合室は30メートル四方くらいのコンクリート打ちのだだっ広い空間。 プラスチック製のイスがたくさん並んでいるのだが、それ以上に人があまりに多く、あぶれた人は床に座り込んでいる。
そして、窓が少ない上に部屋の大きさの割には蛍光灯が少なく、とても薄暗い。 なんだかすさんだ雰囲気である。

しばらく、ぼーっとしていたが、突然野太い女の怒鳴り声で我に返った。

ふと見れば、漫画にでてくるぶっさいくなスケバンの様な厳ついおばちゃんが、鬼のような形相で雄叫びをあげている (漫画のスケバンはちょー美人かデブで不細工が定番なので)。 おばちゃんの目線を追うと、薄汚い格好の子供がいた。どうやら、乗客ではないいわゆるストリートチルドレンが入口の混雑のどさくさで進入したらしい。

「鬼婆という言葉がこの人ほど似合う人はいないなぁ」などと考えていたが、その後、ちょこまかと逃げ回る子供をまんまと捕まえ、一発殴りつけると肩にかついで外に連れだした。

まさにすげえの一言。ちなみに、このおばちゃんは黄土色のつなぎのような制服を着ていたので、警察官なんじゃないかなと思う。それとも、駅員?

数十分後、再び、駅員の隙をついてまたさっきの子供が入ってきた。

例によって、鬼婆と子供の追いかけっこになり、今度はまさに良くある言葉の通り、 首根っこひっつかまえて引きずって外に連れていった。

引きずられている子供はぴくりとも動かず無表情で、どう見てもおばちゃんの引っ張っているTシャツによって首は締まっている。このまま死んでしまうんじゃないかとちょっと恐ろしくなった。

きっと、きっと、この子は生きていくために物取りなんかをやる常習者なんだろう。 情けを掛けてもきりがないのだろうが、その容赦ない仕打ちに驚き、そして、痛みも苦しみもなんでもないような すっかり感情を無くしてしまったようなその子供の表情が目に焼き付いて離れない。

後日、中国に留学中の日本人男性に広州から電車に乗ったことを話すと、彼はものすごくのけぞった。

「えええ?広州から電車に乗ったわけ?広州駅???」

最近中国はめまぐるしく経済成長をしており、都会と田舎の経済格差が大問題になっていることは新聞報道などでも良く聞く。 そして、昔の日本がそうだったように、「きっと、都会に行けば、仕事が有るはず。裕福になれるはず」と信じて、田舎から着の身着のまま北京や上海、広州などにでてくる人があとをたたない。

そして、当然ながら現実はそんなに甘くなく、職もない、住むところもない、かといって田舎にも帰れないという人が 街中にあふれる。広州の駅前はそんな人たちのたまり場で、今まさにその治安の悪さがピークなんだそうだ。

「バックパッカーと言われる人たちも怖がって近づかないくらいなんだよ?俺も広州に行ったとき、何度かチャレンジしたけど駅前で足がすくんで引き返したよ。いやぁ、知らないっていうのは恐ろしいねぇ」

そういわれるとあのすさんだ雰囲気も、おばちゃんが少年を引きずる姿も納得いくというかなんというか。 戦後の日本もこんなんだったのだろうか。

しかし、私は旅の時、いつもださださの格好をしているが、むしろ、外人と思われなくて良かったかもしれん。