ハニッツィオ島をのぞむ

ツィンツンツァンで相当時間をくってしまったので、急いでバスとコレクティーボを乗り継ぎ、パツクアロ湖のハニッツィオ島行きの船着場まで行きました。

ハニッツィオ島は先住民の人たちが住んでいる島で、それこそ、ろうそくの明かりを灯し、一晩中ご先祖様とお墓で過ごす人の姿が見られるということで、その幻想的な情景が観光の目玉になっているのです。


これはもう既に「見せ物じゃない!」って怒るレベルを超えていて、年老いた女性がちょこんと墓地に座っている姿がミチョアカン州政府のディアデムエルトスのイベントポスターにもなっていて、村にとってみてもこの3日間はメキシコや外国から集まる観光客から落とされるお金を当てにしている。


通常は夕方で終わってしまうハニッツィオ行きの渡し船も、案の定、

「最後の船は9時だよ」

といわれました。

船着き場は、島に帰省する先住民や観光客でごった返し、レストランや土産物屋が大繁盛でした。


渡し船に乗ると、アステカTVの中継クルーとも一緒になりました。

「おねえさん、ここすわんなさい」

なんて感じでおばちゃんに手招きされ座ったはいいのですが、アングル的にそこに座るアジア人の姿は好ましくなかったらしく、

「ごめん。中継終わるまでこっちに座ってもらっていい?」

と流しのアコーディオン奏者と交代させられたりして(笑)


「日本人なの?俺は日本に行ったことあるよ。愛知と~横浜と~あと電車に乗った。なんだっけ」

「新幹線?」

「そうそうそれ。で、愛知と名古屋と横浜に行ったんだよ」


名古屋も愛知なんすけど・・・なんて思いつつもレポーターと雑談し、ふとカメラマンを見たらカメラにチェ・ゲバラのブロマイドを挟んでたりして、「およ?ゲバラファン?メキシコ人ってアメリカ嫌いだから逆にキューバ好きなんだろか?」なんて考えていたりした。


およそ20分でハニッツォー島に到着。舟を降りると乗客は三々五々に散ってゆく。

観光客の大半は、島の最上部にある展望台を目指していたのだが、目の前を歩いていた外国人女性は手ぶらででかい寝袋を一つ抱えていて、これまた軽装の若い外国人男性と共に民家の密集する路地を入っていった。

そして、島の最上部にある公園には一人用の小さなテントがいくつか張られていた。
宿泊施設のないこの島だから、日帰りかツアーを使って来る物だとばかり思っていたが、野宿したり、民泊する人もいるのか。

「今日の泊まる部屋はあるのかい?」

って、舟で乗り合わせた先住民のおばさんに聞かれたのは、おばちゃんの小遣い稼ぎだったのかも。


てくてくと丘を登り、展望台から暮れゆく太陽を眺め、一人で僻地まで来た満足感に浸っていた私ですが、さすがに最終便まで残る観光客はあまりいないようで、次々と帰郷してくる人々を見送りつつも8時過ぎの舟で戻りました。


7人しか乗客いなかった帰りの舟から見上げた満天の星と島の明かり。
誰もが押し黙ってひっそり静かな舟旅は、ここまで旅してきたにぎやかで明るいメキシコとは対照的でとても幻想的でした。

11/1のツアーに参加すれば、お墓の前に座った先住民の女性の姿を見ることはできたのでしょう。
でも、大勢の観光客に混じってどやどやと押し寄せるより、10・31に一人で来て良かったです。

今晩はきっと時々月明かりの下で居眠りなんかしちゃいながら、亡くなった家族との再会を楽しむのでしょう。


死者の日用特製渡し舟チケット【死者の日バージョンの乗船チケット】

アステカTVのクルー【アステカTVのクルー】

アコーディオン奏者【アコーディオン奏者】

舟の様子【舟の乗客の様子など】

ハニッツィオ島船着き場【ハニッツィオ島船着き場】

島の教会:死者の日の祭壇【教会の死者の日の祭壇】

墓地の様子【墓地の様子】

ところで、ハニッツィオ島の展望台でも一人の男の子が寄ってきたので警戒してたら、

「お姉さん、恋人と一緒じゃないの?」

ただ単に一人旅が珍しかっただけらしい。素朴な疑問を投げつけ私の時計で時間を確認すると、「じゃあね」って友達のところに走って行きました。くーーっ。超かわいい。

死者の日の伝統を根強く守っている先住民の方たちですから、子供にハロウィンなんて教えてないんだな。たかだか舟で4キロしか離れていない島なのに、文化ってほんと面白い。

湖を行き交う舟

【日が暮れても湖を舟が行き交う】