サンサールチャクラ
【サンサールチャクラ】
ジュナーガルの名もないヒンドゥ寺院にあったチャクラ。
シヴァ神の周りに人生が13に分けられ描かれている。
男女が出会い、子を設ける。子は成長し、学び、仕事に就き、結婚する。 やがて孫が生まれ、家族と幸せな老後を送るが、亡くなって火葬される。
サンサールは「輪廻」、チャクラというのはサンスクリット語で「車輪」と言う意味。つまりこれは輪廻転生を意味するんでしょう。
昨晩はレストランの地味な食事にいささか不満を漏らした私だが(うまいっていっていたくせに~)
その後も相当地味だったジュナーガルの年越し。

日本にいると年末年始ってすごい。
テレビは大晦日特番を組み、各局とも人気タレントを起用しての視聴率獲得合戦。
そして誰もが知ってる定番番組、レコ大、紅白、行く年来る年!
最近は視聴率も落ちつつあるが、それでも大晦日と言えばこれらである。

ジュナーガルでの大晦日。ベジタリアンのパンジャブごはんから帰った私はテレビをつけてみた。
がちゃがちゃと一通りチャンネルを回したが、映画とかニュースとかMTVとかを普通にやっていて、大晦日を感じさせるような雰囲気はない。

唯一の例外はインドの有名俳優アミターブ・バッチャン氏が司会をしているクイズ番組「Koun Banega Carorpati」(←誰がなるのか千万長者という意味)が大晦日特番を組んでいたことくらい。

これは日本ではみのもんたが司会をしていた「クイズミリオネア」と同じ企画の番組で、「ミリオネアと比べるとは不届き千万!」とインド通に言い切られるくらいとてもハイグレードな番組らしい。
「同時期に似たようなクイズ番組が始まったけど、これだけが残ったんだよ」

とインド人もやたらと自慢していた。

とにかくこの司会者が偉大なる人物で、この司会者あっての高視聴率番組だとか。
平日のゴールデンタイムに週4日も放送されるというだけでもすごい。

ちなみに音声はヒンディー語だけど字幕部分は英語だ。

話が逸れた。で、なにが特番かというと、放送時間がほんのチョビッとだけのびて、クイズに挑戦するのが有名映画俳優達だった。ただそれだけである。日本の場合も番組改編の時期にやりますよねぇ。

ちなみにシャールクカーンの出はかなり最後のほうまで引っ張っていた。やはり人気モノだ。

「Koun Banega Carorpati」の大晦日特番も滞りなく終わり、番組はインド映画に変わった。

そして0時になる1分前になると、画面は唐突に時計に切り替わった。
画面イッパイに表示されたアナログ時計。秒針だけがチクタクと時を刻む(音はしない)。
「ポーン」と言う音と共に0時になると、ひゅるるる~バババッンと打ち上げ花火の映像がはじけ、
「HAPPY NEW YEAR」の字幕。
「おお~、新年だなぁ」と思った直後にあっさりと番組は元のヒンディ映画に戻った。

こ、これだけ?

窓の外に耳を傾けても物音一つ聞こえない。0時に何発か花火が上がった音がしただけ。
耳に入ってくるのは部屋の中のテレビから漏れるヒンディー語のみ。

やっぱり、ジミだ。


さて、年越しで夜更かししていたのもつかの間、新年早々パリタナに向かうべく、夜明け前にフロントの係員をたたき起こし宿をチェックアウトした。

ローカル列車
駅までは、オートリクシャを捕まえた。
リキシャワーラーは暖かいジャケットを買うことは出来ないのか、寒さしのぎにブランケットを体に巻き付けて運転している。彼の背中を見ているこっちも凍えそうだ。
彼は勝手に道を間違えて遠回りした分の料金を上乗せ請求したが、文句を言う気にもなれずそのまま言い値で払った。インドではガソリン代が高いんだし、この寒さのなか客待ちしているのはとても辛かろうと。普段なら絶対あり得ないのだが。気分の問題。

駅構内に滑り込んだのは列車の出発数分前。 切符売り場は想定以上の大行列で、しばし呆然としてしまった。
6時発の列車を逃すと次は午後4時である。何が何でも切符を手に入れなければならない。
どうしようかと立ちつくしていると、1人のインド人の女の子が列を無視して窓口に向かった。

あ、そっか。女は割り込みオッケーなんだった!

女が1人で外国を旅する時は男のそれよりもリスクが高くなる。
襲うにしても力でねじ伏せるのは簡単だし、何よりも痴漢や性的暴行を受ける確率は男よりも高い。
(男だからと言って安心できないのが外国。)
旅の時は、男のほうが断然らくちんである。
そして、アジアは男尊女卑な国が多いが、インドはことさらその傾向が強い。
でも、「女のくせに!」と言われることにむかつく前に、郷に入れば郷に従え。
旅の時はそういう気質を逆手に取ってしまうと便利である。

周りの男が揃いも揃って「女は男が守ってやるモノ」と当然の様に考えるからあらゆる場面で優遇される。社会的弱者な分だけ、女はかなりワガママが許されるんである。

例えば、この場合は横入りしても文句一つ言われない。
押し合いへし合いもがいている男を後目に、係員に向かって大きな声で行き先を告げると、
窓口に向かって突き出る無数の男の手を押しのけてまで、私に先に切符を売ってくれるのだ。

女だけの旅だけでなく、女連れの旅人もこの手を使えば楽。彼女に切符を買って貰いましょう。

さてさて、ジュナーガルからパリタナまでは直通の列車はない。
ジュナーガルを出たときは「元旦の朝っぱらからこんでんなー」と思っていたのに、田舎に向かっているからか、乗り継ぎを繰り返すウチにどんどん乗客が減っていった。

一応、ジュナーガルでバウナガルという駅までの切符を買ったのだが、「パリタナならソンガルで降りたほうが早い。」という駅員の助言に従って、ソンガルで下車。パリタナにはソンガルからバスかリキシャで行くことになる。

いろいろと列車を乗り継ぐウチにワケわからなくなるが、「Junagarh→Jeteiser→Della→Songarh」と乗り継ぐと行けるので、憶えておくと良いでしょう。

列車
そう言えば、生まれて初めて初日の出というものを拝んだのがこの日。
それはグジャラートの乾いた農地からのご来光であった。

「21世紀初の日の出をエジプトで!」とか「アンコールワットで!」とかいろんなパッケージツアーが売り出されていたことを考えると、やっぱりジミだったかも。

【写真】聖なる山シャトルンジャヤのしょぼい写真(パリタナ)

I グジャラートの大地はドライ

牛の集団 列車に乗っていても、バスでも、とにかく一面の畑ばかりが目に付くが、肝心の農作物が一つも見あたらない。
「なんの畑?」「コットン」
ここ数年グジャラートにはまともな雨が降っていないという。
「え?雨降らなくて綿花が育つの?」と無神経な質問をしてしまった私。無表情で「育たないよ」とぼそっと言い放ったリキシャマンの顔は忘れられない。
雨は降らなくても畑は耕しておかないとダメになってしまう。
ドライな大地 しかし、耕して種をまいても雨が降らないから作物は育たない。
最近、収入を絶たれて自殺する農家が急増しているんだそうだ。
加えてこの直後におきた地震(※この旅行の直後、2001年1月末にこの地方に大地震がおきました)。 州全体が本当に災難続き。相手が自然なだけに打つ手がないのがもどかしい。
日本が夏に水不足と大騒ぎするのとはワケが違うんだよね。多少の断水くらいどうってことないとふと思った。

II ソンガルの近くのヒンドゥ寺院

ヒンドゥ寺院柱の彫刻 ソンガルからバスで行きたかったのに駅で待ちかまえていたリキシャマンに捕まる。
「パリタナまで行く途中にいろいろなところに連れていってやる!」 って言って連れて行かれたのがここ。建物はわりと新しい普通の寺院だ。
なかなか律儀な男だったが、途中でパンクしてるバイクを助けようとしたり、とにかく変な親切心が旺盛で困った。早くパリタナに行け!

III シャトルンジャヤ山は体力勝負である。登るのに2時間くらいかかる。

モスク柱の彫刻 パリタナの町には特に変わったものはないが、この町はジャイナ教の五大聖地の一つ、シャトルンジャヤ山の麓にあるため、元旦早々巡礼のジャイナ教徒で賑わっている。
パリタナに着いたのは午後になってからだったので、山頂に登りきった頃はもう日が暮れかけ。逆光で写真どころでない。おまけに修復中だったし。

IV お金を払えばズルできる

籠?ドリーという建設中の寺院 体力のない人やお金持ちはドリーで人に運んで貰う。 だいたい、一つの籠を4人がかりで運んでいた。2000年当時上まで700~800ルピー程。
一日二往復が限度だろうし、四人で分けたらいくらにもならない。大変な商売だよな。
太った人を運ぶのはさすがにきついらしく、途中で降りて貰ったり運んだりを繰り返していた。
あまり急な階段じゃないので普通の人ならハイキング気分で登れます。

V ちょっとガスってる頂上からの景色

頂上1頂上2 一見なだらかで疲れ知らずのようなこの山、なんの変哲もない景色が延々続くのでいい加減帰りたくなる。行くならやっぱり早朝がいいでしょう。ご覧の様にほとんど禿げ山で日陰が全くないし、暑さで体力消耗します。
そして、ここでも遠足っぽい子供の集団にかち合った。 先生が「せっかくだから話しかけなさい」なんて生徒をあおるもんだから困る。そういうことは英語出来そうな外人にしてください。 私と話すだけ時間の無駄です。