チャクラリクシャ
【チャクラリクシャ】
乗り合い式のリキシャ。
座席が車体の側面に沿って設置されているため、普通のリキシャよりたくさん人が乗れる。タイのソンテウをみたいな感じ。
昔はデリーにもあったが、排ガスが多いため禁止になった。ディーヴではいつまで生き延びるだろうか。
ディーヴの町を後にし、グジャラート本土を北上する。
3日前に列車を降りたヴェラヴァルから50キロ程北の町、ジュナーガルを目指すことにした。

ディーヴからグジャラート各地に行くバスは本数が少なく、しかも早朝発芽多い。
ジュナーガルまでの直行するバスを逃し、乗り継ぎを繰り返しながらの北上だ。
直行バスを逃したら、ディーヴから北に15キロほどのウナに行くか、ヴェラヴァルに行くしかない。
これらの町からグジャラート各地行きのバスが一挙に増える上、列車という手段も使える。
要するに、ディーヴってホントにちっぽけな島だったんです。
今更ですが、何を持って友人はディーヴを薦めたんだろう。海がないデリーの人には人気なのかな?

ウナ行きのミニバスは乗客が集まり次第出発のようで、超満員になったところで、ようやく出発した。

バスの車窓から改めて見るディーヴの町は昨日まで見ていたビーチとは全く異なっていた。

リゾートなのはほんの一部だけであって、実際のこの島は田舎の小さな漁村。
海岸沿いには無数の漁船が停泊している。

そして、窓からかすかに入るにおいは潮臭い。
海外で日本の海岸のようなにおいを感じたのは初めてのことである。
海=潮くさいという私のイメージにぴったりはまり、なんとも懐かしい雰囲気だ。

間もなくバスは内陸に入り、風景は一転。どこにでもあるようなインドの片田舎の風景に入り込んでいった。
それからホンの十数分でバスはウナの町に着き、隣に座っていたインド人の親子と共にバスを降りた。

「どこ行くの?ウナ?ジュナーガルまでいくんならもうすぐ列車が来るわよ」

バスの前に列車の時間を確かめにいってみよ~。

ウナの駅舎
ウナの駅舎
ウナの駅舎はとても地味で小さかった。
町でも駅を指示する看板は見つからなかったが、駅舎にも駅名が全く書いてない。
小さな町だし、列車を使うのも99%が地元民だろうし、必要ないと言えば必要ないかも。
しかし、駅舎の前に何台か待機しているリキシャが目にとまらなければ見逃していたと思う。

ホームに入ると何人かの人が列車を待っていたが、基本的にひっそりと静まりかえっていた。
明らかに赤字路線だろう。これじゃ。

この後、切符売場の親切な駅員の「列車の出発は2時間後(午後3時発)だからバスの方が早いよ」との助言に従い、結局、ジュナーガルにはバスで行くことになった。
こうやって列車の乗客がどんどんどんどん減ってゆく。

駅前の静けさとはうって変わってバスターミナルの周りにはマーケットが広がっており、途端に人口密度が増えた。
やはり列車の整っていない場所では人々の足はバスである。
その周りが自然と栄えてくるのも理にかなっているというもの。

早速、ジュナーガル行きのバスの時間を調べようと時刻表を探したが、思いっきりグジャラーティである。
・・・手強い。どうしろっっていうのさ。行き先すら読めん!

インドはかつて英国統治下にあった影響も残っているのか、これまでの経験では、
その地域の文字で書かれた時刻表の他に必ず英語の時刻表があった。

ウナではグジャラーティの時刻表しかないということは、グジャラーティしか必要ないワケで、
つまり他地域在住のインド人のツーリストも来ないと言うことである。

「インドはまだダメだね。同じインド人なのに、言葉がわからない」

とあるインド人の言葉を思い出した。

お札に15の言語が表示されていることはまず最初に紹介されることだが、確かに必要不可欠なことだ。
そして、公用語をヒンディ語に統一しようという動きに反対が上がったということも納得した。

時刻表
時刻表の一部。
時刻すらローマ数字ではない。
日本にだって方言はあるし、違う地方に住んでいる人の話す言葉は聞いててわからないこともよくある。
とはいっても、例えば東京の人間が鹿児島の方言を理解できないことがあっても、鹿児島の人間は東京の言葉は理解できる。
その背後には日本の徹底した標準語教育があったのだな。
考えてみればニュース番組のキャスターって標準語で喋ってるし。

そして、文字は同じだ。
どんなに遠くに行ったって、駅の看板が、時刻表が読めないなんていうことはあり得ないもの。

グジャラーティ数字 【グジャラーティ数字】
レストランのメニューから書き取ってみた。
ちょっとしたレストランには英語メニューが併記されていたのだ。

インドでは同じインド人でも話し言葉どころか、筆談でも意志疎通が叶わないこのか・・・。
広い国だなぁと思うと同時に、この国が一つになって大きくなっていくのは本当に大変なことだと実感した。

国民的な所得が平均的に上昇すれば、各家庭にTVがあるようになれば、自然とみんながヒンディ語を憶えるのかな・・・とも思うが、そうなるには所得を上昇させるだけの仕事が必要で、少なくとも地元の言葉の読み書きだけでもちゃんと出来るようにならないといけないのかも。

国の発展具合に識字率が持ち出されることがよくあるけど、今の日本人は当たり前のように文字が書けるけど、それって結構すごいことなのかもね。
もし私が日本語の文字が読めなかったら、日本で生きてくの大変だよなぁ。

そんなこんなでグジャラーティ付けに四苦八苦しながらジュナーガルに着いたのは日もとっぷり暮れた頃。

ただの移動だけで終わったが、しみじみ考えちゃった今日のごごであった。