お祈り用ジュータン
ホテルの部屋に備え付けの絨毯。
ラホールからバスに飛び乗り、ラワルピンディに着いたのは夜の10時。リアカットチョーク沿いの安ホテルに飛び込んだ。

聞くところによるとここからさらにギルギットまでのバスに乗り継ぐこともできるらしいが、さすがにそれは無謀だろう。
そこまでの体力を持ち合わせているほど若くないことは、充分自覚している。ギルギットには翌日向うことにする。

翌朝、思う存分寝たところで、バスのチケットを買いに行った。このバスがミニバスだったことは既に触れたとおりである。

さていつものことながら、ラワルピンディの町も自分の足でひた歩いたのだが、実のところ乗り物に乗りたかったけれど、
歩かざるを得なかったというのが正しい。
ミニバスはことごとく満員。荷台に載りきれない男性が幌の縁にまで鈴なりにぶら下がっているのである。

「ああ、私もアレやりたいなぁ」なんて思ってもやり過ごすしかなかった。
だって、私が乗るそぶりを見せようモノなら、きっと中の男が我先にと立ち上がり席を譲ってくれるのは想像に難くない。
だからやっぱり歩く。チャッパルを引きずりながらひた歩く。ナンの変哲もない道をただひたすら歩くのだ。

ラワルピンディの町並み
ラワルピンディの町並み。
ミニバス乗り場
奥がミニバス乗り場
しかし、バスに乗るのも勇気がいることだが歩いているのも緊張する。ここまで自分が外国人だと意識する国は初めてである。

パキスタンは民族衣装率がとても高いので、洋装をしているだけでちょっと浮き立つ。
そして、外国人がとても少ないのでまた目立ち、さらに女という時点でかなり異質。本当に女性は外出しないんだなぁ。

だって、とりあえず、マーケットに向かって伸びている道では、男30人に対し女性に会うのはせいぜい1人。(←数えた。)
これが鍛冶屋やタイヤ屋など、普通の女性には縁のなさげな商店が並ぶ通りになるとほぼゼロだ。

逆に食料品や日常雑貨を売るマーケットの中にまで入り込むと女性の姿はあるのだが、それ以上にもっと男が溢れかえっているので結果的に比率は変わらない。町の女性率は3%ってとこだ。
日本に帰って町を見渡せば、時間や場所によるとはいえ、やっぱ、6:4とか5:5なんだなぁ。桁が違う。

パキスタンは西部に近づくに連れ、町から女がいなくなるという。

ラホールやピンディのあるパンジャーブ州では確認できた女性の姿も、ペシャワールあたりじゃ1人として見かけることがなかったという旅行者もいるくらい。
パキスタンの西に隣接するイランやアフガンもイスラム国家であるわけだし、地域的によりイスラム色が濃いのだろう。
勿論、東部パンジャーブの人々だってムスリムには代わりはないが、ここいらの地域は独立前、ヒンドゥもムスリムもシークも町に混在していたはずだ。だから、多少はミックスカルチャーが成り立っていたのだろうと勝手に解釈している。その時の名残で、女性もある程度自由にしてるのかなと。

(※ インドがイギリスから独立した時、東西パキスタンとインドに分断したのは周知の通りだが、そのとき、パキスタン側の領土に住んでいたヒンドゥ教徒等とインド側の領土に住んでいたムスリム達が大移動をしたのです。このとき、亡くなった人や生きていても家も財産を失った庶民は多い。)

ところで、ラホールからピンディまでのバスでのこと。いつものごとく、人なつこいおじさんに質問攻めにあった。

「どこから来たんだ。そうか、日本か。ところで、君は1人かね?」

私の答えが期待通りだったのだろう。「そうか、そうか」と頷いた後、「まったく、この子はしょうがないな」と心配しているような、呆れたような表情を浮かべながら、こんなことを言っていた。

「どうして日本や韓国の女性は、自ら困難な道を選ぶんだい?なぜ1人なんだ。」

確かにわからないだろうなぁ。女性は男性が一生守ってやるものなんだろうなぁ。 女が1人でふらふらするなんて危険なことなんだろうなぁ。私、相当若いと思われてるんだろうなぁ。そして、きっと日本人旅行者は1人でいることが多いんだろうなぁ。って、韓国人もそうなの???

1人のパキスタン人にぶつけられた素朴な疑問。でもそんな理由などあなたが納得できるように英語で説明は無理。

こういう男性側からの一方的な意見や表面的なこと見ただけで、イスラム教は女性が家に縛り付けられて自由がないだとか、男尊女卑だとか言って大騒ぎする外国人もいたりもするらしいけど、それはちょっと大きなお世話だと思う。

しっかし、女性はあまり外出しないくせに、マーケットに売られる婦人服はむちゃくちゃ派手で、スパンコールや金のレース、ビーズがじゃらじゃらついた派手なシャルワールカミーズでいっぱい。絶対に絶対にインドより派手。

彼女たちは、これを着て、旦那や家族に見せるだけで本当に満足しているのか?いや我慢しないとだめなのか。
せっかく美人なのに、それもなんだかつまらないね。私もそんな考え方だからかみ合わないのか。
考え方って、育った環境でかなり違ってくるものですね。

何もないけど好きな町。ピンディ

大きすぎず小さすぎずの規模、町の雰囲気が旅人に好かれる?

ラワルピンディの町 ラワルピンディには、モヘンジョダロみたいな仏教遺跡もなければ、観光客を呼べるような立派なモスクもない。パキスタン人自慢の計画都市、首都イスラマバードの様な整然とした街並みもない。
町を遠くから見やると、灰色のスモッグに包み込まれ、とっても体に悪そう。
しかしながら、この町は、旅人達に「何もないけど、好き!」と言われる。

パキスタン人は口を揃えてイスラマバードの自慢をするが、結局イスラマバードって日本とか、欧米各国で見られる町と大差ない。旅人は勝手にパキスタンらしいもの、違うカルチャーを求めているのでしょう。
他を見てないので比べようがないが、少なくともこの町の人はすごく親切だった。

ブランチはアフガン料理。そしてチャイ。

アフガンの混ぜご飯 おなじみチャイ屋 道ばたで見つけたアフガン人のおじさんのアフガン風ライス。サフランと豆の炊き込みご飯(ピラウ)だ。 余り味付けされてないので、豆とご飯の素朴な甘みが上手い。一皿10ルピー。
まだ、アフガン難民も多かった。

チャイ屋→
さんざん居座ったのに、結局お金は受け取って貰えなかった。 パキスタン奢られまくりの旅の始まりの店。

やっぱりクリケットバットが主流商品

スポーツ用品店 電話&タバコ屋 インド・パキスタンで盛んなスポーツといえば、やはりクリケットだろう。
スポーツ用品店の主流商品はクリケット用のバット、ガーター、マスク、そしてユニフォーム。サッカーボールもあるが、サッカー少年はさほど見かけなかったような気がする(気がするだけ)
そして、因縁の相手は勿論インド!政情が安定するまではしばらく印パ戦は実現しないだろうね。

右は電話屋と簡単な雑貨屋(日本のタバコ屋みたいなもん)。国際電話をかけようとしたが、結局、つながらず。あまり回線は安定してない。

エネルギー&水分補給にメロンは最適!

メロン屋1 メロンや2 乾燥しているのであまり気がつかないのだが、とにかく暑いので、水分補給は必須。
こう暑いと食欲もなくなり、カロリー摂取も滞りがち。だから、果物をとるのはよいことだと思います。 糖分は消化吸収が早いので、体内で素早くエネルギーに変換されるから。
このメロンは皮付近の果肉がリンゴみたいだった。5ルピー。

また奢られてる

フレッシュジュースや1 フレッシュジュース屋 水で薄めたりせず、オレンジをぎゅっと絞ったそのまんまのフレッシュジュース。
「うまそうだなぁ~」と物欲しそうに見ていたら呼び止められて、結局奢って貰った。
昼時だったので、「これからウチに飯食いに来い!」とまで言われたが、丁重にお断りした。
ちょい残念かも。

VI 布団の綿?それともウール?市場の裏にて。

綿が道ばたに山積み 単なるタマネギの山 何処を通っても市場みたいなもんだが、日用雑貨のようなモノと、食品とでエリアが別れていた。
一本奥の通りに入ると、商品が無造作に山になっていたりするが、その目の前の立地の悪いところでも店を開く人がいたりする。

あれ?よくよく考えてみると、女の店員はどこにもいなかった!やっぱ、女の人は外にでないんだ~。