小舟からスピードボートへ スピードボートはトンレサップ湖の真ん中に停泊しているため、小舟に乗って停泊場まで行かなければならないが、 この代金はボート代とは別料金。船に乗っていた日本人はみんな納得いかない顔で文句を言っていた。 現地人は少額のカンボジアリエル札で払っていたけど、外国人は1ドル均一っていうのも納得いかない理由の一つ。 きいてないよ~って感じだよね。

「起きなさーい!」部屋のドアをばんばん叩きながら大声で叫ぶママの声で目が覚めた。目覚ましはかけたつもりだったが、どうやらすっかり寝過ごしたらしい。ベッドから跳ね起き、大慌てで部屋から飛び出すと、宿のスタッフ連中はみんな起きて、庭の掃き掃除などをしている。
その分、昼寝をするとはいえ、早起きですよねぇ。私も年中温かい国にいたら早起きできるかな。
この日はシェムリアップを出て、トンレサップ湖からスピードボートでプノンペンに向かう予定だ。
タイの国境からご一緒していたAさんとSさんはここでお別れ。カンボジアの列車に乗りたいそうで、彼らはトンレサップ湖からボートでバッタンバンという町に向かうという。

ここから一人旅に戻る・・・わけでなく、実はここからはAさんの友人Tさんと道連れでプノンペンに行くことになった。
休みが短いTさんは我々が陸路でがんばった道のりをバンコクから飛行機でひとっ飛びでやってきた。
Aさんとはこうやってたまに同じ方面に旅の計画を立て、旅先で落ち合っているとのこと。
彼も列車好きだったことは後で知ったが、あるかどうかわからない列車を求めて遠回りする時間はなかったらしい。

ボート乗り場まで4人。迎えに来たピックアップトラックに乗り込んだ。荷台に乗っているのはほとんどが日本人。
朝早いのもあり、みんな眠そうに押し黙っている。
ふと道ばたを見ると制服を着た子供達が学校へ登校しているところ。朝の6:00なんだけども。
学校が遠いのか、はたまた朝の涼しい時間にお勉強するのかどちらかだと思いますが、 どうりで宿のママたちも早起きだったわけです。自分の子供たちも通学の時間だったんでしょう。
もしかしたら、午前、午後で生徒が入れ替わる二部制の可能性もあります。子供の多い国ではそういうのが良くある。

小舟からスピードボートへ トンレサップ湖に着くと、小舟の客引きがわらわらと集まってきた。
雨期は水で一杯の湖も乾期には水量が不足するため、深さが足りず、ボートは岸まで付けられない。
だから湖の真ん中にボートを停泊しているようで、そこまで行くのに小舟に乗り換えないといけない。
(雨期もボート乗りの仕事を作るため、同じことをしているかもしれないが、わかりません。)

行き先別に乗船する小舟を振り分けられ、ここでアランヤプラテートから一緒だったAさん、Sさんとお別れ。

「プノンペンで会いましょーね」

そう言葉をかける間もなく、二人を乗せた小舟はあっという間に視界から消えていった。

ところで、私の乗った小舟は湖の真ん中にに向かって順調に進んでいったのだが、途中、「これ、どう考えても民家だよなー・・・」という建物が次々と現れた。
湖の上に浮かぶ木造のフローティングハウスなのですが、ただ住んでいるだけでなくて、豚などの家畜まで飼っていた。

帰国後に知ったのだが、ここいらの家は家ごと移動しながら漁業をしているのだそうだ。
。いわゆるボートハウスって言うのかなぁ? 各家屋ごとに自家用車ならぬ、自家用ボートも持っていたりする。
スピードボートの停泊場は水上レストランも兼ねていて、なかなか知らない世界を見れて感心したものです。

水上集落 ボート乗り場でチケットを見せると目の前に停泊していた船に乗船を促された。
次にTさんがチケットを見せると「お前はこの船じゃない。まだ座ってろ」って、道連れのはずがいきなりお別れである。

私はバイクタクシーのドライバーから、Tさんはタケオでボートのチケットを購入していた。 どうもチケットの購入場所によって斡旋する船の種類が違っていたらしい。こんな田舎で船会社が複数あることは想像してなかった。

私の乗った船はちょっとしたクルーザーを小さくしたようなタイプ(ページ上部の写真の赤いラインの入った船)で意外とデラックス。イスもしっかりしているし、救命胴衣も備え付けてあった。
あとで聞いたところによると、Tさんの船は木製やプラスチックのイスを並べた簡易的な座席がなれべられているだけ。 バッタンバンへ向かったAさん達の船はそれこそちーさい小舟だったそうだ。
同じ時間発で、同じ行き先、同じ値段だったにも関わらず、チケットの質から船の質までだいぶ差があったが、 スピードはぼろかったTさんの船の方が早かった。見た目だけがデラックスだったのかも。

プノンペン行き船内でみかけた日本人模様など。

船の最後尾に座席を確保し出向を待っていると、次々と小舟がボートに近づいては乗客を降ろして行く。
船の座席は30席以上はあるにもかかわらず屋根に登る乗客が圧倒的に多かった。 屋根の上から聞こえる日本語から察するに20代前半くらいの若者が5,6人。後はあまりにガタイがよすぎて、アジア人サイズの座席には納まりきれない欧米人。船内におとなしく座っている日本人は私を含め2、3人ほどで、後はすべて現地の人だった。

東南アジアを旅する人を見ていると、「日本人かな?」と思って声をかけようかと思えば中華系のタイ人だったりするので、最初の一歩がなかなか踏み出せない。Aさんを捕まえた時みたいにせっぱ詰まった状況なら話は別で、そうじゃないと確信を持つまで躊躇してしまう。

ふと前方に、暇を持て余して日本語のガイドブックを開いている中年男性が目に付いた。
私の座った席からはちょっと離れているのと、なんだか「話しかけるなよオーラ」を発していたので、まあ、そのまま声をかけずにいた。

その男性はしばらくの間、寝ていたり景色を眺めたりして暇をつぶしていたが、退屈なのかガイドブックや地図を取り出し、前に座っていた女の子(多分カンボジア人)に話しかけ始めた。
・・・そこまではいいんだけど、そのうち女の子の肩や頭をマッサージしてあげたりしてなんか妙になれなれしい。っていうか雰囲気エロイ。

「うーん。一歩間違うとセクハラだなぁ」なんて思ってたが、女の子も楽しげで、イヤがってる様には見えない。

水上レストランのトイレ そして、ボートが降りる直前までべたべたしていた二人だが、日本人男性はバイクタクシーを捕まえるなり女の子と二人で颯爽と消えていった。
おお、やるなおじさん!ナンパだったのか!

その日の夕方、プノンペンの有名安宿キャピトルホテルでそのおっさんが一人でお茶をしているのを見かけた。
なんか楽しみ方が鮮やかで妙に関心してしまった。上手にひとり旅を楽しんでいるカンジだ。
もしかしたらカンボジア人のお嬢さんにバイクの料金交渉をしてもらって、彼女をただで送ってあげたんですかねぇ。

旅行期間がGWだったのもあり、他にも妙齢で一人旅の日本人男性は何人か見かけました。
トンレサップ湖で乗った小舟では、私の前に2人の日本人のおじさんが並んで座っていた。
年の頃は40代前半くらい。小学生くらいの子供がいてもおかしくないくらいの年齢に見える。

この二人、年の頃も同じで、同じ日本人で、しかも隣の席に座っているのに、お互いに話しかけようというそぶりも見せず、むっつりと押し黙っていた。 漂ってくる空気が妙に重かったのである。

プノンペンに着いた私はTさんと一緒にバンコクエアウェイズにリコンファームに行ったのだが、 そこでその小舟で会ったおじさんがオフィスに入ってきた。

「リコンファームしてくれる?」というそのおじさんの腕には小柄で目のぱっちりしてめちゃくちゃ綺麗なカンボジアの女の子が絡みついている。
ああ、おじさん、女の子買ったんだ。っていうか、カンボジアもそういうところがあるんだ。

正直言って、そのおじさんは見るからにもてなそうなタイプ。色白で、小太りで、髪の毛もちょっと薄いし、おまけにちょっと話しかけづらいねっとりと絡みつきそうな目つきをしている。内向的な性格が外に漏れ出していて、たぶん女性からは近づいて行かないと思う。
もしかしたら、ここに来ると女の子にちやほやされるっていうことかもなぁ。

しかし、話には聞いていたけど、目の当たりにしてすげーびっくりした。どうもそのあたりに有名な娼婦街があったらしいです。
遺跡見学の後は女の子とお楽しみなのかぁ。としみじみと考えてしまいましたよ。
(その後は、バンコクとかでもこういう日本人のおじさんをよく見かけるようになりましたけどね。)

ボートで二人のおじさんが目も合わせないのが不思議な感じがしたんだけど、思い返せばもうひとりのおじさんは"いいお父さんしてますっ"ってタイプの人で、見るからに二人の気はあわなそうでもあった。

今回の旅はGWだったのもあり、5,6人の日本人中年男性を見かけましたが、みーんなずっと一人で行動していた。
みんな日程も経路もほとんど同じなので同じ人にあちこちで何度も会うのです。
私も国境の町で出会った2人に声をかけそびれていたら、同じようにむっつりと旅をしていたのかも知れません。