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わんだふるアムリトサル!人なつっこい人々にもらった思い出。

アムリトサルゴールデンテンプルの夜の様子
【アムリトサルのゴールデンテンプルは夜景も美しい】
アムリトサルに来た目的は黄金寺院を見ること。その目的も果たしたので、あとは適当に町をぶらついていた。
とりあえず、ガイドブックに載っているジャリアンワーラー庭園に行ってみようと思ったが、気が付いたら迷っていた。実は昨日もここに行くはずだったのに、辿り着けなかったのである。

「あれぇ?また来たの?」

昨日とは違う道を歩いていたハズなのに、また同じ道に迷い込んだらしい。 昨日お邪魔した工房の青年にまた見つかってしまい、またもやチャイをごちそうになる。
昨日は閉店を邪魔したが、今日はさらに仕事の邪魔をしている私。

「インド人はフレンドリーなんだよ。そう思うだろ?」

確かにね。でも、インド人というより、アムリトサルの人がそうだと思う。 デリートか他の都市で声をかけてくる人の中にもフレンドリーな人はいるんだけど、それ以上に下心がある客引きのたぐいの方が多いからだ。

黄金寺院ではハニーという名のめちゃめちゃかわいいスィクの少年にあった。
彼は妹からもらったという大事な大事なお守りを私にくれた。
独立記念日が近い今の時期は、赤や金の糸で作ったミサンガの様なものを売る店があちこちに出ている。 これは女の子が自分の家族(おにーちゃんや弟)にあげるお守りなんだそうだ。

そんな大事なものをただ寺院で偶然話をしただけの外人にあげてもいいのか、ハニー。
何度も断ったのに、断る度にすごく悲しげな顔をするから困ってしまった。

帰国後、秋葉原なんか見かけるインド人の腕をじっと観察してみると、男性はみんな赤いひもを腕に巻いていました。 これも旅で無事でいますようにって、家族から貰ったお守りかなと思ったのですが、今思えばこれはヒンドゥのお寺にお参りしたときに着けてもらう印のひもだと後で知った。

ジャリアンワーラー庭園 ようやっとジャリアンワーラー庭園にたどり着いた時、時刻はすでに午前11時くらいだった。 ここはインドの独立運動の最中に起こった「アムリトサルの大虐殺」の現場だ。
銃撃から逃れようとして人々が飛び込んだという井戸などが残っているが今や静かな公園という感じ。 ちょこちょこっと英語で解説が書いてあったと思う。

「アムリトサルはどうですか?」

突然、クルターを来たおじさんに声をかけられた。
どうですかっていう質問って一番困る。そういうのは英語が堪能な外人に聞いてくれ。

「なに?ひとり旅をしているのか?ご飯もひとり?だったら今日はうちに食べに来なさい」

おじさんはアムリトサルの町で時計屋さんをしている。昼には一度家にご飯を食べに戻るらしい。

「今何時?11時半か。えーっと、1時間後、12時半にここの住所の場所に来なさい」
「え?住所みたって私はそこに行けないよー」
「大丈夫。そこら辺の人に聞けばすぐ教えてくれるよ」

時計屋さんの住所と、自宅住所をさらさらっと書いて渡された。 「必ず来るんだよ!」って、行っても平気なのか?
おじさんが必ずしもいい人だとは限らないではないか。

そう思うのなら行かなければいいのだが、親切な人だったら悪いしご飯1人で食べるの飽きて来たし・・・。 怖い目にはあいたくないけど人にかまって貰いたいっていう典型的な旅人のワガママである。

よーく考えた末に一目散に宿に戻った。部屋の中には誰もおらず、みんなどこかに出払っていた。
ここぞとばかりにパスポート、カメラ、その他、主立った金目のものは全てザックの中にしまい込む。現金はあまり少なすぎるとかえって危険なので、小分けして鞄に入れたまま。 ドミトリーでこれはかなり無謀だが、一か八かだ。(←バカ)

「遅いじゃないか!もうご飯食べちゃったよ」

おじさんの家に着くなりこういわれたが、まさか疑って金目のモノを置きに行ったなどと言えるわけがない。

家にはお母さん、中学生の娘、結婚した年頃の娘とその旦那、そしておじさんがいた。 まず、水を出してくれ、お話をしていると、チャイが出てきて、そのうちいつの間にかご飯をだしてくれた。 遅れるくらいなら来なければ良かった・・・。わざわざ私のために新たに食事を作ってくれたのである。

狭い部屋には、祭壇、テレビ、大きなベッド、冷蔵庫などがみっちり敷き詰められている。 ここは居間兼寝室の様だ。 英語が喋れるのはおじさんと娘の旦那だけ。娘は二人とも片言(同レベル)である。

お母さんのご飯はとてもおいしくて、心の中で遠慮しつつもあっという間に平らげてしまった。
そして、そのまま居座って会話をしているうちに、オジサンやお姉さんの期待のこもったまなざしを感じ、ふとイヤ~な予感が走った。そして、下の娘がふと姉の結婚式の時の記念写真を出してきたとき、その予感は確信に変わった。

この人達は写真を撮ってもらいたいんだ。

すごい罪悪感。カメラはもって来ようかとも考えましたよ。
でも、もしカメラを盗られちゃったら私の旅の思い出もこれからできるはずの思い出も残らなくなるし・・・って思ったんだモノ。ごめんなさい・・・。

「晩御飯も食べに来る?」との問いに「絶対来る!」と即答した私。
「ちゃんとカメラ持ってくるからね!」と約束して宿へと戻った。
(ちなみに「昼寝してけば?」という申し出は断った)。

夜の9時。カメラを持って再び訪ねると、お母さんと下の娘が二人テレビを見ていた。 お姉さんとその旦那は、自分の家に帰っていていなかった。(つまり写真を期待して遊びに来ていたってことよ(^^;;)。

もはや片言英語も通じなく会話がままならないので、バチッと目が合う度にお互いににへらと笑うしかない。 そんな感じで時間をやり過ごしていると、お父さんがビニールに入れたお米を1合ぶんくらいぶら下げて帰ってきた。
私のためにお米を使って特別料理を作ってくれるというのだ。

ここのお父さんは晩ご飯にはちょびっと晩酌をするらしい。

「一生懸命家族のために働いて、ご飯食べて、神様にお祈りして、ちょっとだけお酒を飲む。贅沢なんてしない。シンプルな生活が一番だよ」

パパドゥをつまみにくいっと一杯。1日のほんのちょっとの贅沢な時間。

めちゃウマイご飯 30分後、出てきたご飯はほんのり薄紫色。紫玉葱とニンニクを一緒に炊き込んであって、ふわっとたちこめるニンニクの香りが食欲をそそる。そして、あっさりとして辛すぎないカレーがまたそれを引き立てる。 ダヒーも単なるヨーグルトではなく、中にナッツとかいろいろ入っていた。

でも、あれ?プレートはひとつだけしか出てこないんだが・・・。

「あれ?ええと・・・。」と一瞬とまどったのだが、以前インド人に言われた言葉を思い出した。

「どうぞ一緒に食べましょう。」

私のその台詞を皮切りにおじさんが一緒に食べ始めた。でも、おじさんだけ。 私はこの家の主のお客として扱われていたので、常に優先されていた。
数分後、台所から戻ったお母さんと娘は、昼間私が戴いた料理とチャパティーを食べ始めた時、そのことを確信した。うわーー、勝手におじゃましているのに申し訳ない・・・。
それにやっぱり、普段は余りお米なんて食べないんだなぁ。北インドでは高いって言うしなぁ。

食事が済むと娘は普段着のシャルワールカミーズを脱ぎ、よそ行きに着替えた。
昼間のお姉さんの化粧ばっちりの顔を思い出すとちょっと心が痛む。 写真館で撮るのがどのくらいお金がかかるのかわからないが、今日戴いた食事以上のことはしなければ・・・。

「そういえば、初めてインドに来たときもこんな事したよなぁ・・・。」なんて、考えながら、パシャリとカメラのシャッターを切り続けたのでした。
今はデジカメだし、スマホでも写真撮れるのでこういう体験はなさそうだけども、 当時はカメラを持っているインド人は少なかったんです。
そして、これ以降、少しずつ観光地でコンパクトカメラを持ったインド人と出会うようになり、今度は「あなたのカメラで写真を撮って」ではなく、彼らのカメラに被写体として収まることになるのでした。

アムリトサルはニコニコと旅行者の相手をしてくれる人ばかりで大変楽しかったです。


アムリトサルの一般庶民に相手してもらう。

ノニの工房 ノニ、ラナ、バルって・・・コメディアン見たいにゴロがいい名前

ノニとラナ 作業中のバル お兄さんの店
黄金寺院を堪能した後、町をさまよっていたら、スィクの青年に呼び止められた(写真上、左側)。彼の名前はノニ。なんと18歳!
スィク教の男性は髪を切ったりひげを剃ってはいけない。だから髭が濃い人はめちゃくちゃ老けているのだ。 私の歳を言ったらすげー驚いていたが、それはこっちの台詞だっちゅーに。
「とってもラヴリーなガールフレンドがいるのさ!」なーんて、彼女自慢をしていた。18の若造のくせにー。ヒンズー教徒の様にカーストによる区別がないので、職業も恋愛も自由なのである。ごちそうさま。

翌朝、またもや道に迷い、気が付いたらノニの工房の前に出てしまった。もう仕事を始めている。
「平日は8時から8時くらいまで働いているかなぁ。今日は日曜だから午後2時くらいまでだよ。 えー、日本は日曜日って休みなのかぁ。僕らは仕事だよ~」
「君は手が綺麗だね。僕らの仕事は力がいるしハードだよ」 そういう彼の手のひらはマメだらけ。8/15の独立記念日は休むそうだ。

ノニの工房
    【鍬?の様な道具の作り方】
  1. 直径1センチくらいの鉄の棒にノミと金槌で3センチ間隔で傷を付ける。
  2. 鉄の棒を金槌で打ち付け(上図(1))、3センチの長さに折る。
  3. 片方の端が細くなっている鉄の棒(いわゆる錐)で、本体に二つ穴を開ける(上図(2))。
  4. 工具の持ち手(杖)になる棒を差し込むための受けの様なモノを本体にあてがい、2. で空けた穴に1. で作ったビスを合わせ、ビスがひしゃげて本体を固定するまでひたすら金槌で打ち付ける(上図(3))
 そのほかスコップなども作っていたが、みんな同じ様なやり方で手作り。ちょーハードワークだ。
 作った道具は目の前にある、彼のお兄さんの経営するお店で売る(写真下)。 バケツなんかは工場生産っぽい製品が並んでいた。

うまかったインド風ハンバーガー

バーガー
バーガー屋
インドの町にはマッシュポテトを丸めて油でじっくり焼き上げ、チリをかけたアールチョップの屋台があちこちにあるが、 この店は今風で、バーガーにしてくれる。マッシュポテトの中にはチーズが混ぜてある様だ。 バーガーのバンズも油でかりっと焼いてくれるのでカリカリと香ばしくてうまい。

「チリかける?」「うん」
油で揚げ(揚げ焼きって感じ)たポテトをパンで挟み、その上から生のスライスオニオンを振りかけ、チリをかけ、食べやすいように4等分してスプーンを添えたら出来上がり。
ひとつ10ルピー。当時のレートでだいたい25円なり。
マクドナルドのハンバーガーなんかよりもローカル屋台の方が安くてうまい!絶対!。
怖い顔をしたおっさんだったので、ちょっとドキドキしましたが、 「写真撮っていい?」って聞くとめちゃくちゃ照れていた。いい人だ。

最後は将来の美人で締めくくり

お嬢さん 時計屋の親父さんの娘。14歳。せっかくだから、一番かわいく撮れているのを掲載します。
「マイプリティどーたー」などと私に紹介し、娘の手の甲にキスをする親父。

後日、「インド人って娘にそんなことするの?」って聞いてみたら、「えーしないよー。人前でそんなことするなんて、その人は変な人だよ」って言われた。
確かに彼が変だと言うことについては思い当たるふしが多々あるが、楽しかったからまあいいや(笑)写真無事に届いたかなぁ?

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