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バンコクの安宿に現れた「謎の女、あきみ」。

プノンペンの空港はとても小さく、ゲートは3つだけ。待合室は一般向け、Vipラウンジ各1つずつしかなかった。
バンコクまでの搭乗機は定員50名くらいの小型のプロペラ機。小さな飛行機なのに満席にならないところをみると
観光客はシェムリアップからバンコクに飛ぶ方が多いのかもしれない。

プノンペンを離れるとすぐにビルはなくなり、ぽつぽつとあった民家も次第に数が減っていき、ひたすらジャングルが広がった。
そのジャングルを切り分けるように一本、二本と茶色い筋。人や車が通っているウチに自然とできたような道である。

ひたすらジャングルだけを見下ろしながらの退屈なフライトを終え、バンコク到着はお昼過ぎ。
渋滞もひどくなく、15時くらいに安宿街カオサンへ。そして、バンコク滞在中は土産物あさりに終始していた。

休みをいただいた職場へのまともな土産物を物色し、宿に帰ったの時は夜の11時を回っていた。
翌日の明日の飛行機は7時発。4時発のエアポートバスを頼んであったので、起きるのは朝の3時である。
目覚ましをかけてもまともに起きられる自信のない私は、部屋の電気をつけ、扇風機スイッチをは強にする。
さらに、起きたらすぐに空港に向かえるように帰国用のこぎれいなシャツを枕元に準備していた。

これぞうたた寝作戦である。
明るいとなかなか寝付けない上に、この宿の扇風機はものすごい勢いで回るのはいいが、羽音がうるさい。
止めると暑いので、熟睡したいときは耳栓をしなければならないが、こんな時にはうってつけ。
我ながら完璧だわ。朝の4時発だろうと余裕だ~!


コンコン。ノックの音が耳に入る。
寝坊したのを宿の人が起こしに来たのかと思い、ベッドから跳ね起きた。
目覚まし時計に目をやると午前2時半。まさか時計が遅れたわけではあるまいな。

慌てて、ドアの横にある窓から廊下を覗くと、ひとりの女性がドアの前に立っているではないか。
4時発のバスに間に合うように宿の人が気を利かせて起こしに来てくれたのだろうか?
いやいや、そんなワケはない。だって、そんなこと頼んでないもん。それにこの宿愛想悪いし、そこまで気が利くとは思えない。

いぶかしげに見つめているうちに、部屋の外に立っているその女性とバチッと目が合ってしまった。笑顔を振りまいていて余計に気味が悪い。
真夜中に一人旅の私を訪ねる人なんておかしいだろ。誰か他のヤツと部屋を間違えているんじゃないの?

コンコン。再びノックの音。もう、いったい何?!。

ここでドアを開けた私もうかつだが、それと同時にドアを押し開け入ってくるその女。
ずーずーしくもさっさとベッドに腰掛け、不可解なことを口走る。

「日本人の名前を下(ロビーの宿帳)で見たからー。AKIMIがなんたらかんたら・・・」

とても流暢とは言えない日本語でべらべらとまくし立てる彼女。

あきみぃ?知り合いにあきみっていう子でもいるわけ?その日本人が困っていることが私になんの関係があるのだ。

「ここに何しに来たの?そのあきみって言う人が下で待ってるから呼びに来たわけ?」

「違う。あきみは私。私、日本人です。あきみ、パタヤに遊びに行った帰りのタクシーにお金とパスポート忘れました。 お金ない。二日間なにも食べてません。お金を貸してください。」

めちゃくちゃあやしーではないか!

この怪しげなカタコトの日本語!見た目もどう考えても東南アジア人である。
そして、タクシーに金とパスポート忘れたとかいうアホみたいな理由で夜中に人の部屋くるな~!

「お金返すって、どうやって返すわけ?だって、お金もカードも全部財布の中なんでしょ?」

「ちゃんと銀行の通帳にお金あります。だから、日本大使館行って、銀行行っておろしたら返します。」

「だって、キャッシュカードないんでしょう?」

「大丈夫。日本に電話して証明してもらえたらおろせる。・・・あなた、あきみが嘘ついてるとおもってるでしょ?

当たり前だ!

今は月曜の早朝。真夜中である。この自称日本人あきみは、バンコクに土曜日に戻って来るときにタクシーの中に財布とパスポートを忘れたという。
土曜、日曜は日本大使館も銀行も閉まっているからなにをする事もできない。 だから二日間なにも食べずにひたすら月曜になるのを待っていた。

ここの宿には警察が連れてきてくれて交渉してくれたから後払いで了承してもらっている。

とにかくそんな心寂しいときに、宿のフロントで「今日は日本人の女の子が泊まってるわよ」と言われ飛んできたというのだ。 同じ日本人だから助けてくれるだろうと・・・。

すいません、同じ日本人には見えません・・・。申し訳ありませんが、信じろって言われても無理な話です。

「信じられないならあきみの部屋に来て。警察の証明書を見せるから。あきみホントのこと言ってるね。」

ナゾの女あきみの強引さはなんだかすごい。でも、怪しさ満点です。

「でもあなた日本人日本人って言ってるけど、明らかに日本語下手でしょ。」

「あきみと日本人とラオス人のハーフね。お父さんとお母さん離婚してお母さんラオスに帰った。 だから、こうやってたまに会いに来るの」

・・・だったらなんで一人でパタヤなんだ・・・。バンコクからバスで数時間の場所にあるビーチだよ。 ラオスじゃないじゃないか。

「ハーフでも日本に住んでたらもっと日本語上手いハズだよ。おかしーじゃん」

「小さい頃お母さんとラオスに住んでたよ。それからお父さんのところに行ったりお母さんのところに行ったりしてるから日本語あまり上手じゃないね。でも、今は横浜に住んでるよ。ちゃんと住所と電話番号教えるから。」

結局、謎の女あきみの気迫に押され、渋々あきみの部屋に向かってしまった。勿論、まだ半信半疑。

彼女の部屋は同じシングルルームなだけに、部屋の構造はほぼ同じだった。
この宿の部屋は至ってシンプルで、ベッドとちょっとしたモノ入れと鏡があるだけ、 その狭い部屋のベッドに、ざっくりとした肩掛けの鞄が1つ、その他、ほんの少しだけ衣類が散らばっていた。

「ほら、これが警察の証明書。でもあきみタイ語わからないから何が書いてあるかぜんぜんわからないの(笑)」

それは私も一緒である。内容を理解するどころか、これがホントに警察の証明書かどうかさえ判断が付かない。

ふとまわりを見回すとペットボトルの空き容器が4つも5つも放置されている。お金がなくて水が買えるか?

「お水は私のことかわいそうに思って、ベッドメイクのおばさんがくれたよ。でももう、なくなっちゃったの。」

あきみがひっくり返して見せた鞄の中身をみるとなぜか地球の歩き方フィリピンが・・・。

ラオスの母に会いに来て、パタヤビーチで泳いで、地球の歩き方フィリピンを持ち歩く・・・。
なぜなんだ、あきみ!

考えれば考えるほど訳が分からなくなる。ホントにせっぱ詰まってないと、夜中に人の部屋来ないだろうし・・・。
でも、私はもうすぐ空港に行かないといけないんだよ!あなたにつきあっている暇はないのだ。

「あなたは500バーツ貸してくれと言うけど、私はそんな大金をぽんと貸すことはできません。
 でも、お腹がすいているなら一緒にセブンイレブンに行って食べ物を買ってあげます。」


セブンイレブンに着くと、あきみは一目散に冷蔵室に向かい一番安い水を2リットルだした。
その後、パンコーナーに行き、菓子パンを3,4個嬉しそうに抱えてきた。
お腹がすいているのは本当だった様で、部屋に戻るなりあっという間に平らげた。

その食べっぷりを見ているウチに疑り深い私も徐々に軟化してきたが、でも、やはり人に現金を渡すのはどうも戴けない。
帰国の日じゃなければ一緒についていってもいいが、そうもいかないし。(このときは、単純に面白そうだって思ってましたが、裏で手を回す人とかいるかもしれないので、軽率な行動はやめた方がいいです。)

お腹が一杯になった彼女は「ほら、これ。パタヤで焼いてきた水着の跡」なんて、シャツ首をめくって見せたり、緊張感のかけらもない。
呆れた性格だが、もういい。とりあえず、少しは信じてやるか。

「お金は返さなくていいよ。あげる。その代わりタクシーに乗るんじゃなくてバスを使ったり自分でも努力をして。 私ももうすぐ帰るからあまりタイのお金を持ってないの。」

ホントはもっとたくさん持っていたけど、B.160だけあげた。当時のレートで計算すると500円くらい。
「銀行でおろす!」ときっぱり言っていたんだからあとは自分でなんとかしてもらいましょ。

横浜の住所も電話番号ももらったし、私の住所も聞かれた。
でも、「もし、彼女が嘘をついていたら・・・」そう考えると帰国してからダイヤルを回す気にもなれない。

「ラオス人の友達ができるかもしれないじゃーん」

友人達は気楽に言うが・・・。新手の詐欺か、それとも本当に困っていたのか。

ちなみに彼女の書いてくれた紙を見ると、"Yxxx. AKEMI"と書かれていた。

あきみではなく、あけみさんでした。

アランヤプラテートでAさん達に出会ってから二週間。
日本を一人で旅立ったはずのこの旅行では、旅先で出会った日本人とずっと一緒に過ごした旅だった。

しかし、最後に出会ったのがナゾの自称日本人っていうのもなんだかほのぼのして笑えるなぁ~。