渡航国:都市 インドネシア:ジャカルタ、ケイ・クチル島、タニンバル・ケイ島、アンボン
期間2016.12.26-2017.01.08
旅程 12/26 羽田 - air- ジャカルタ (空港待機)
12/27 ジャカルタ -air- アンボン -boat- バンダ島(バンダ島泊) - air- ケイ・クチル島
12/28 ケイ・クチル島 (パサールパンジャン泊)
12/29 ケイ・クチル島 (パサールパンジャン泊)
12/30 ケイ・クチル島 (パサールパンジャン泊)
12/31 ケイ・クチル島 -boat- ウル島(ウル島泊)
01/01 ウル島 -boat- タニンバル・ケイ島 (タニンバル・ケイ島泊)
01/02 タニンバル・ケイ島 (タニンバル・ケイ島泊)
01/03 タニンバル・ケイ島 -boat- ケイ・クチル島 (パサールパンジャン泊)
01/04 ケイ島 (パサールパンジャン泊)
01/05 ケイ島 -air- アンボン (アンボン泊)
01/06 アンボン -air- ジャカルタ (ジャカルタ泊)
01/07 ジャカルタ (ジャカルタ泊)
01/08 ジャカルタ -air- 成田
インドネシアの地図 ケイ島の位置関係
旅行形態個人旅行
航空会社 全日本空輸:国際線 羽田-ジャカルタ-成田
バティック航空:国内線 ジャカルタ-アンボン
ウィングス航空:国内線 アンボン-ラングール
ガルーダインドネシア航空:国内線 ラングールーアンボン-ジャカルタ

国際線のANAおよびバティック航空は航空会社から直接ネット予約。
その他は、インドネシアの代理店に予約代行依頼。
(アンボンージャカルタは日本で依頼。その他は現地の代理店や航空会社で購入。
宿泊 ジャカルタ、アンボンの宿はagoda、ケイ島は宿に直接行ってその場でチェックイン。
agodaはスカルノハッタ国際空港付近のトランジットホテルが充実していて便利。
帰国便が早朝便だったので、空港近くに宿泊しました。

[ジャカルタの宿]
オーチャーズ ホテル バンダラ
→スカルノハッタ空港から近く口コミの良さとシャトルバスで前回宿泊したホテル。
 今回も空港から町までの渋滞回避と早朝便へのアクセスを考えてこちらに。
 友人がなくしたカメラを探し出してくれたり、お世話になった。

[アンボンの宿]
ヒーローホテル
→島に滞在する時間が長いので、アンボンは町中に泊まりたいという要望があり
 今回はビーチ沿いをやめて町中に。1泊目は間に合わなかったので捨てになった。

[ケイ・クチル島の宿]
デリマコテージ(Delima Cottage)
→前回宿泊したコースターコテージはさすがに西洋人の予約客でいっぱい。
 同じパサールパンジャンの南側のデリマコテージに飛び込みました。
 三部屋全てを独占して貸し切り状態になり、気を遣わずに快適だったし、
 お母さんが料理上手で毎日美味しいご飯を食べられて、結果的に正解!

[タニンバル・ケイ島の宿]
→民泊(ホームステイ)
 デリマの主人にお願いして大晦日から三が日にかけてタニンバル・ケイ島へ行った。
 なかなかの珍道中でしたが、結果的に楽しかった。今までで史上最強!です。

詳しいホテルのコメントや写真は後日インドネシアの宿泊事情としてまとめます。
旅行代理店 H.I.S.ジャカルタ
アンボンからの戻りの飛行機がどうしてもクレジット決済ではじかれて買えないので、
ジャカルタにあるいくつかの代理店に問い合わせて、H.I.S.にしました。
日本の口座への振り込みを受けてくれるので、海外送金手数料がなくてよい。

また、現地で急遽行き先を変更することになり、アンボンの旅行代理店を利用。
ネット予約の場合、出発まで48時間を切ったらカード決済が出来なかったから。
両替事情

物 価
10000ルピア→100円。

ジャカルタ到着日にそのままアンボンへの移動だったので空港で両替。
その後は銀行営業日に銀行に両替にいけなかったので、ATMでキャッシング。
気象状況
12月
今回、温湿度計を持っていくのを忘れたので正確な気温はわかりませんが、
運悪く、かなりの雨や嵐にあいました。
天気予報では最高気温31度、最低気温27度くらいだったけど、
雨が降ると風まで出てくるので、体感温度は25度を切っていたくらい。

しかし、運良く晴れると湿気もなく、35度くらいの猛烈な暑さになり、
南半球の日差しを舐めていた友人は上半身裸で飛び込んだたったの1時間ほどのシュノーケリングで 背中が大変なことになっていました。
私は全身覆って泳ぎますので、焼けたのは手の甲と足の甲、日焼け止めを貫通してこんがりと顔が少しって感じ。

次はやっぱり乾期に行きたいです。
(雨期には雨期の良さもあるのだけども。)
旅の持ち物 旅の基本的な持ち物は「海外旅行の持物一覧」ページに記載したものを持参。

懐中電灯
 需要に対して電力の供給が足りないので突如停電になる。
 また民泊ではトイレが別棟で夜行くのに懐中電灯が必要だった。
 最近のLED式の明るめの物が便利です。

蚊対策用品が数種類あると便利。
 離島は停電がしばしば起こるため、べープリキッドなどではなく蚊取り線香がベター。
 ジャカルタでもモスクとかで刺されたので刺されやすい人は虫除けを。

ろうそく、マッチなど。
 停電時に宿がくれるけど自分で持っていると安心する。
 たかがろうそくでも日本で売っている物は質がよい。

かっぱ(100円ショップのものでよい)
 田舎の離島間の移動では漁船に屋根をつけた程度の船で移動なので、
 もろに海風を受けます。ビニールのポンチョを現地で買ったが、
 それだけでもかなり体温が保てて重宝したようです。
 波しぶきもかかるので、くれぐれも半袖短パンなどの軽装は避けるべし。

日本のお菓子やお酒各種
 友人含め4人での旅だったのもあり、それぞれが酒などを持ち寄りました。
 ビール以外の物を飲みたい時や現地の人に「日本の酒だ」とふるまったり役だった。
 また、お菓子は嵐で回避した離島で泊めて頂いた家の方にお礼に渡したり、
 黒豆を「日本の正月料理だ」とふるまったら喜ばれたりと、重宝しました。
所感 「バンダ島にシュノーケリングに行こう!」その一言から始まった旅。
現地の旅行代理店を探し出して問い合わせて見れば、今はバンダ島にスピードボートが就航しているといい、 しかも、ジャカルタを未明に出発する飛行機に乗れば船に乗り継げた。
これはラッキーとばかりに港へ行ったら、「今日は問題があって欠航」と言い放たれたあげく、次の出発の見込みもなし。
空港に戻り、飛行機の便を調べたら「今は飛んでない」とすげなく断られ、ペルニの事務所に行ってもちょうどいい船もない。 一度、ケイ島に飛び、ケイ島からペルニでバンダにいけることなど願いつつ、アンボンの旅行代理店に飛び込んで、その日の午後のラングール行きのチケットをもぎ取った。(ちなみにネット予約の場合、クレジットカード払いは出発48時間前までに決済しないと受け付けてくれなかったので、代理店でカード決済にしました。手数料3%)

結局、ゆっくり調べたらケイ島からバンダへ渡る船も違う島を経由するルートで上手く日程が合わないことがわかり、まずはケイ島に行き、そこから周辺の違う島へ行くことにした。

その周辺の違う島というのが、前回ケイ島を訪れた時に諦めたタニンバル・ケイ島でした。 この島、ロンプラには「昔ながらの生活を守っている島」としか紹介してなかったので、未開のすごい辺鄙な島かと思いましたが、バンダ諸島のアイ島やバンダ島なんかよりずっとでかく、昼間から電気のジェネレーターが回っているようなところでした。 (もしかしたら正月だったから特別だったのかも。)

しかし、嵐の影響で海が荒れて引き返して途中のウル島の教会に泊めて頂いたり、翌朝、潮が満ちるまで沖合でぷかぷか待たされたり、道中がスムーズじゃなかっただけに目の前にマングローブに覆われた海のジャングルのような入り江が見えたときにはただただ感動。
そして、伝統家屋もしっかりのこり、ケイ島の周辺の村々がどんどんキリスト教やイスラム教に宗旨替えをする中、 この島だけ、ヒンドゥの伝統を守っており、泊めて頂いたおうちにはシヴァのポスターが貼られていました。
(でもカソリック教会もプロテスタント教会も村の中にあります。)

村の客人として迎えられ、泊まるところはホームステイ。食事は村長の奥様や娘さんが世話をしてくれ、海に泳ぎに行くのは村の男や子供達と一緒でした。
とれたての椰子の汁の甘さ、椰子果肉のつるんとした美味しさ、シャコ貝の刺身やもぎたてのパパイヤなど、 賞味一日しかいられなかったが、楽しい旅でした。
そして、行ってみて初めて知った事実が、実はタミンバル・ケイ島は第二次世界大戦中日本軍の最前基地があった島であり、島の子孫達にも日本人のことが語り継がれていたことです。
日本軍が無線を設置していた木や上陸した岸壁、日本人の学校や村があった場所を案内してもらえ、 こう言うと失礼になるかもしれませんが、大変な時代を生きたご先祖様達を見舞うことが出来てよかったと思う。 同行した友人は「こういうと語弊があるが肩の荷が下りた気分だ」と言っていました。
嵐に遭ったり、雨の日が多かったりと大変な旅でしたが、その分とっても思い出深いものになりました。
※訪問したのはタニンバル・ケイ島であって、タニンバル諸島ではありません。結構近いけど、全く違うのであしからず。
イメージタニンバー・ケイ島 マングローブと白い砂浜 タニンバル・ケイ島 日本軍が上陸した岸壁 エンバルを衣に使った絶品ピーサンゴレン