リゾートは最近できた表の顔。背負った歴史は重い鎮魂のコンダオ島。
【コンダオ島のあちこちにある慰霊碑。花とお線香を備えて手を合わせる】
ソクチャンからは2時間余りの船旅。島に到着したのが10時前くらいだっただろうか。
そこから港で待機していたタクシーを捕まえ、街に着いたのは11時過ぎだったと思う。
今回のコンダオ島の旅で予約したのは「ヴィラメゾンコンダオブティックホテル」です。
ヴィラメゾンコンダオホテルの
ウェルカムドリンクとおしぼり
しかし、キャンセル待ちなんてとても考えが甘かった。
海沿いはおろか、町の中心部の宿まで次々と部屋が減っていきます。
「もうこれはビーチフロントに拘っている場合じゃない!」と割り切ったところで見つけたのがヴィラメゾンです。
そもそも毎日同じビーチで泳ぐつもりもないし、プールもなければないでいい。
口コミに悪いことが全く書かれておらず、ほとんどが食事のおいしさを褒めていたのが決め手となった。
さて、そのヴィラメゾンに到着したのは11時過ぎ。
当然ながら部屋の準備はできておらず、荷物を置かせてもらって先に町歩きに出てみることにしました。
このホテルがあるのは町の中心地域だったので、歩いて市場をのぞいたり、刑務所を訪ねたりした後、
昼ご飯を食べて戻ろうと思ってでかけました。
刑務所見学?と驚くかもしれませんが、この島はフランス統治時代に宗主国のフランスが政治犯を流した島です。
だから日本で言えば昔の八丈島みたいなものだと思っていました。
八丈流しといえば、時代劇で罪人に対して使われる刑の一つ。そのエンタメの延長で想像してたのです。
しかし、これがまあ、行ってびっくり。見てびっくり。(*゜ロ゜)。そんなお気楽なところではありません。
フランス人が、アメリカ人が、西洋人たちが、我々アジア人を如何に人間扱いしていなかったか
ということがアリアリとわかります。
残しているのは刑務所の建物の跡だけではなかったのです。(これは後述。)
そういえば島の規模の割にはお花屋さんが多かったし、そのお花屋さんにも菊系統の花ばかり。
日本では明らかに仏花として備えるような花がずらりと並んでいました。
「日本では仏花だけど、こっちではこれを飾るのかな?」なんて思って見ていましたが、
島のあちこち、防波堤の前や山中に作られた橋の前、刑務所跡の前など、島の至る所に慰霊碑があり、
そこにお花とお線香(時には火をつけたたばこ)が供えられていたのを見て、「ああ!」と腑に落ちたのでした。
マーティエンラン橋跡
フランス人が囚人に作らせた
かつての宗主国に政治犯とされてしまった人々の魂を鎮めるため、
人々はお参りをしていきます。
船着き場も、刑務所の建物も、橋も、宗主国に都合が悪人とされた人々が
強制的に作らされたモノの跡である。
ベトナム人は表だって「ひどいことされた!」と大騒ぎはしませんが、
こうやって無言の抗議をしているのだ。
リゾートでバカンスするつもりでこの島を訪れたフランス人はいたたまれないだろうなぁ。
フランス統治時代の素敵なブティックホテルに宿泊して、おいしいフランス料理を食べるのもベトナムの旅ですが、 こういう暗部があるのだなと、初日からしみじみと感じ入ってしまいました。いやはや。
鎮魂のコンダオ島を歩いた写真をいろいろ
町から近い刑務所跡:フーハイ刑務所
町から最も近くて大きい刑務所跡で一番観光客が訪れるであろう場所です。 敷地内に入ると、真ん中が大きく中庭のように開けていて、周囲に囚人が収監される建物がいくつも並んでいます。建物はかなり大きく、かなり傾斜のある屋根がついていて、天井も高い。それらが左右にいくつか並んでいて、入り口の塀の上の監視台から見渡せるようになっていました。
何気なく、左からぐるりと内部を見ながら回ろうとしたところ、左手前の一つ目の房を除いた途端にのけぞった。真面目にびびりました。
建物は囚人が収容される部屋(大小様々)と、炊事場らしきところ、囚人の作業場らしきところと建物によって用途が分かれていました。ただ、たぶんこれだけ広いけど(そして、島中にいくつも刑務所跡があるけど)、それでも収容できないくらいの人たちが政治犯として送り込まれてしまったのだと思います。
フーハイ刑務所は囚人の劣悪な環境も再現していた。
刑務所の跡だけでは、どれだけベトナムの人たちがひどい仕打ちを受けていたかが伝わらないと思ったのでしょう。 内部には収監された人たちの様子を人形で再現してある部屋がいくつもあります。一番最初の建物は中にいくつも部屋があるのではなく、部屋は1つだけ。4つの壁沿いに人の背丈ほどの幅の台が作られ、 足下のあたりに足かせを通す棒がずーーと這わせてありました。
この棒は2mくらいごとに台に固定された金具を通しつつ、壁まで繋がる長いもので、端っこは建物の壁を突き抜けて建物の外壁の中で固定されています。
囚人の足を固定しているU字型の足かせを外すためには、建物の外の固定金具を外さないといけない。
もう身動き一つできない状況で固定されているんです。コンクリートの床の上に・・・。ひどすぎてドン引きました。
敷地の一番奥にある小部屋の中の様子
手前の大部屋のあまりの扱いようにただドン引きしつつ、奥の方まで足を運びました。 入り口からちょうど向かいにある一番奥の建物は天井も低く、入り口がいくつもあったので、 「独房かな」と思ったのですが、もう独房ですらなかった。もしかしたら最初は独房として使おうとしたけど、部屋が足りなくなって人を押し込んだんですかね。 もう何が何だかって感じです。
その他、男性だけの部屋、女性だけの部屋と中くらいの部屋なども。
どの部屋に入っている人形も痩せ細っていて、あばら骨が出ている物ばかり。
明らかに具合が悪そうに倒れている人形もありました。
ベトナムは1年中暑い国ですからこれだけ環境の悪いところに詰め込まれたら病気にもなってしまうでしょう。
フランスが作った刑務所をアメリカが流用したんだろう。タイガーケージ。
さてところ変わって、タイガーケージが有名な刑務所です。こちらはLoi Voiビーチの前くらいにある刑務所群の中の一つです。 ベトナム戦争中にアメリカ人が政治犯を収容した刑務所でタイガーケージとして有名です。
タイガーケージというのは、刑務所の房の天井にも鉄格子がはめられていて、上から看守が監視するスタイルの収容所で、 獣を扱うように棒などで囚人を小突いたり、まあきっと水をぶっかけたりとかしてたんでしょう。
棒で小突いている人形はどう考えてもアメリカ人じゃなくって、アメリカ側に付いていたベトナムの人みたいなんですね。 こういうの見ちゃうといたたまれない気持ちになります。
折しも私がここを訪れた日は南部解放記念日だったのですよ。でも、今はアメリカとうまくやっているので、 テレビでソ連の戦車が突っ込んで行くところは放送しませんでした。
国立公園に行く道すがらにあった施設
島の北側に珍しい動物がいる森や珊瑚礁を保護している海水浴場がある国立公園がありますが、そこに向かう途中にあるのがここです。英語の表記を読むと「人の頭蓋骨の歴史的な痕跡」と書いてありました。建物は何かの作業所や刑務所に見えましたが、慰霊碑周辺に亡くなった方の亡骸が見つかったのかもしれません。
ご冥福をお祈りいたします。
ベトナム旅行に行きたくなったら・・・物価の目安にどうぞ。
旅行時期:2018年4~5月
100ベトナムドン=約0.5円
100ベトナムドン=約0.5円
■宿泊:ヴィラメゾンコンダオブティックホテル 7,500~8,500円くらい
■観光:刑務所跡 40,000ドン
■成田-ホーチミンシティ航空券 直行便で燃油サーチャージ込み60,000円前後~。
(参考:海外格安航空券の検索・予約 YAZIKITA)
ホーチミンシティ-コンダオ航空券 片道8,000円くらい
地球の歩き方ベトナムもソクチャン、コンダオ島の情報がともにうっすら載っていますが、少なすぎるのでロンプラを買いました。 ロンプラは分厚すぎるので、必要な章だけをPDFで購入したり、行き先によって使い分ける。
ロンプラの欠点は毎年改訂しないことですかね。 今の時代は最新の情報はネットで調べて、整合性を取るのがベターです。
あと旅の指さし会話帳 は今回も役立ちました。
使ったwebサイト|Super Dong|ベトナム航空| Booking.com |agoda|スケッチトラベル|