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坂の上の雲放映記念?中国東北地方の旅:旅順ツアー参加報告編

日本式280ミリ榴弾砲
【旅順の203高地に設置された日本式280ミリ榴弾砲。照準は旅順港。】

旅順は「大連世界旅行社」の旅順プライベートツアーで回りました。
プライベートツアーの利点はまわる場所や割く時間などを自分の都合で交渉しやすいことです。
交渉相手が中国人の場合、向こうも自分の都合を主張してくる場合もありますが、
そういうリスクをなるべく避けるために日本人が経営する代理店を選びました。
ホームページにあった「他社は知りません。」「他社はここには行きません。」という
宣伝文句にも釣られてしまったのもある。

実際にはHPに記載されている箇所全てをまわってくれるのかと思いましたが、違いました。
型どおりに順番が決まってないだけに、その場の雰囲気であっち、こっちと流れてしまったところもあります。
HPには「水師営は偽物だから行きません。」って書いてありましたが行きましたし、
「あとで旅順駅見ましょうね。」って言われたのにお互いに忘れていかなかったりして、
戻ってきてから「ああ、駅みたかったなぁ」とがっかりしました。
ただ、時間が余って、星海公園に立ち寄ったりもできたので、それなりに楽しめた印象です。
プライベートツアーの場合は、どうしても行きたい場所を事前にピックアップしておくのも一つの方法です。
「203高地だけ行ければいい」が、戻ってから「東鶏冠山も行きたかったんだった!」と思い出したりしました。
一般的なツアーは203高地と東鶏冠山はセットなのですが、この会社は別料金だったのです。

また、水師営の土産物屋では「偽物だから絶対に何も買うな」というのですが、
白玉山塔の土産物屋では「安い物でいいから買ってあげてくれ」と言いました。
これには理由があり(後述)、私はサービスのお礼に土産を買うのは妥当だと思ったんですが、
母は「自分の知り合いのとこでは土産を買えなんて・・・」と気分を少し害したようです。

また、ツアーとセットで夜ご飯の手配もお願いしたんだけども、迎えにきたガイドさんと一緒に店に着いたら
社長が一人で呑みながら待っていて、「お客より先に呑むなんてあり得ない!」と憤慨していました。
うちの両親はこの社長のことを中国人だと思っていて「中国では普通なのかな」と、我慢していたそう。
ああ、日本の政治家のことを聞かれて複雑な顔をしてたのもそのせいか~と笑ってしまった。
(社長は日本人の一人として日本の政治家について批判めいたことを言いましたが、
 中国人に言われていると思ったらしく、少しイヤそうな顔をしていた。)


この旅順ツアーの参加者は私と両親の3人でした。
スタッフは若い男性運転手と女性のガイドさん。これに日本人社長がついてきた形です。
車に乗った途端、「今日はどこに行きたいですか?」と聞かれて困ってしまいました。
ツアーだから決まったところをテキトウにまわると思っていたからです。
ただ、我々が旅順をよく知らないということで、割と一般的なところをまわってくれました。

主な場所は、203高地、水師営、川島芳子邸、旅順大和ホテル、関東軍司令部、白玉山塔など。
遊郭や橋、トンネルなどは車で通過しながら案内するような感じです。

では、記憶に残っているところを、写真と共に以下、紹介します。

乃木希典とステッセルが会見した水師営(復元)

水師営
水師営のナツメの木
水師営は日本陸軍の第三軍司令官として旅順攻撃を指揮した乃木希典とロシアの旅順要塞司令官ステッセルが 会見した場所。現在は観光のためにそれらしく復元して作られた物。職員が日本語マシンガントークで案内。

「日本のNHKでスペシャルドラマ坂の上の雲が放映され、去年から日本のお客様が非常に増えています。 しかしこの水師営の建物もだいぶ古く、お客様の安全を考えると修復の必要があります。 そこで日本からの観光客の皆さんに安全に楽しんで頂くために旅順市が考えまして、寄付を受け付けようということになりました。ただ寄付というのは申し訳ないため、旅順博物館にある貴重な宝物を皆さんにおわけすることでお金を集めます。一つ5000円で結構です。これから来る皆様のためにも、ご協力を・・・」

勿論、歴史的な背景も説明してくれましたが、メインはこっちです。
骨董品風に作られた懐中時計、水晶玉やらネックレス、琥珀などがずらりと並んでいます。 古めかしく作られていますが、みんな同じ形をしているし、明らかに偽物。っていうかそれ以前に博物館の骨董品を5000円で売るわけないだろう。
施設に付属の土産物屋でも似たような骨董風土産がずらりと並んでいます。どれもべらぼうに高いです。 川島芳子が使ったタイプライターなんてものもありますが、勿論、偽物です。

訪問販売とかで高額商品を買っちゃうのってこんな感じなのかな?というくらいもっともらしい語り口でした。
施設の修復もしないと思うし(そもそも修復したら昔風の農家の雰囲気がでない)、明らかにプラスチックの偽物(日本で売ってる中国製アクセサリより明らかに高い)なので、買わない方がいいですよ。

旅順港攻撃のために落とした203高地

203高地から旅順港を望む
坂の上の雲第三部のメインになる203高地です。秋山真之が旅順港からロシア軍艦を追いだしてくれと、 その為には203高地を取れ!と言った例の高台です。
車で展望台付近まで上ってから徒歩5~10分ほど歩きます。公営のワゴンが送迎をやっていますが、一人100元とこれまた高額。「一人10元にすればみんな乗るからその方が儲かると思う」とガイドさんまでゆっていました。
あいにくあがった時には霧がかかっていて、旅順港が綺麗に写っていませんが、確かに港の全体が見渡せます。
重砲観測所 203高地2 203高地3 203高地の慰霊碑

川島芳子邸

川島芳子邸
清朝の王女であり粛親王の顧問だった川島浪速の養女となり日本で教育を受けた川島芳子。 その彼女が幼少期に過ごした家がこちら。
現在、この家には誰も住んでいないようで、外側から中をのぞき見ることができました。 やっぱり家は誰も住んでないと傷むなぁというくらい荒れていた。外観は立派なんですけどね。
床に穴が空いていたのは、地下室のあとかな?という話をしておりました。

旅順の町市場

さくらんぼうり
旅順の町にでていた市場です。市民の台所的な感じで野菜、果物、魚介類、日用品などが細々と売られていました。
ちょうど中国東北地方がサクランボの季節でした。 旅順のさくらんぼは酸味が強く、黄色とオレンジが混ざったような色なんだそうです。 山形の佐藤錦のような見た目です。 大連ではアメリカンチェリーのような真っ赤なサクランボばかりでした。 旅順の物のほうが美味しいと社長談。
下左は蚕の蛹。この状態で売ってます。この日の夜に食べました。

蚕の蛹 旅順市場 旅順市場のいか

旅順大和ホテルと向かいにある学校跡

旅順大和ホテルの螺旋階段
市場があるくらいなので繁華街なのでしょう。市場の先に旅順の大和ホテルがあります。 大連、長春、ハルビンなどの大和ホテルは外観はそのままに中を修復して中級クラスのオールドホテルとして営業していますが、長いこと外国人の立ち入りを制限していた旅順の大和ホテルは旅社(安宿)でした。
フロントは2階にあるようでロビーまでは観光客が自由にはいっていくことができます。 ロビーには中国語のみですが、ホテルの由来を書いた大きな看板が掲げてありました。

下右は西洋風の重厚な建物ですが、昔は小学校だったそうです。

旅順大和ホテルの入口 旅順大和ホテル外観 旅順市場前にあるレトロな建物。学校だったそう。

関東軍司令部

関東軍司令部
旧関東軍司令部です。
関東軍というから現在の日本の関東地方からきた軍隊となんとなく思っちゃいますが、全く関係ないそうです。
最初は旅順に司令部が置かれ、そのあと、満州国の首都となった新京(現在の長春)に移転しました。 ちなみに長春の関東軍司令部の建物は屋上が日本の城みたいな感じで変です。 (西洋建築の上に城みたいな屋根が乗っている。)

白玉山塔

白玉山塔
203高地より旅順港に近く、旅順港を一望出来る高台です。
ここの土産物屋に旅順の歴史を流ちょうな日本語で語ることができる生き字引のようなおじいさんがいます。 おじいさんは元々教師の仕事をしていたそうで、退職したあと、最初は203高地にあった土産物屋、そのあと、ここの土産物屋で働いています。
日露戦争の203高地の作戦遂行のいきさつなどすごく細かいことまで知っており、 昔の写真を次々と紙芝居のようにめくりながら説明してくれます。
確かロシア語もできて、ロシア人向けにも案内できるそうな。
朝日新聞にも紹介されたそうで、記事を大事そうに持っていました。
中国の東北地方は日本に悪い感情を持っている人は少ないのですが、 旅順は反日感情が強いそう。しかしこのおじいさんは違うそうです。

「日本と中国の間には過去にいろいろありましたが、私たちはわだかまりを捨て、真の日中友好を目指して行かないといけませんね。」
白玉山塔から眺めた旅順港。天然の要塞という言葉が的を得ています。 リズムがよく、聞き取りやすい語り口に思わず拍手したくなりました。
このおじいさんがここの土産物屋にいる意味はやっぱり売り上げの貢献です。 いくら歴史を知っていてもお客が何も買ってくれなきゃ雇い主もイヤでしょう。 だから「安い物でいいからなんか買ってあげて」はわかるのだが、欲しい物がない。 結局、白酒の小瓶と海苔を買いました。母はなんとなく納得出来ない感じだったけど。

旅順海鮮市場

海草を売るおばちゃんと客
帰りがけに旅順の海鮮市場に立ち寄りました。 この市場の少し横に漁船が魚を下ろすと見られる作業場のようなものがありました。 日本とおなじでやっぱり市場は早朝の方が活気があるのかも。 こちらは小売り用の市場なので一日中あいています。
珍しかったのは昆布です。日本じゃ干したり、切ったりして売ってますけど、海からとった昆布をぐるぐる巻きにしてそのまま売ってます。
大連から旅順までの国道でも荷台に昆布が無造作に山盛りにして走っているトラックを見た時もびっくりした。 北海道では高級品なんだけどな~。
エイを干しているところ 海鮮市場全体 海鮮市場の沖に停泊中の漁船

星海広場

大連市民1000人の足あと
大連市長の足あとはてかてか
博物館に入ったり、白玉山塔に登ったりを何もしなかったのでツアーの進行が早かった。 だから途中で星海公園に寄りました。
大連郊外にあるアジア一の広さの公園で、ビール祭り、ファッション祭り等のイベント会場にもなるところです。
公園を取り囲むように立つマンションは億ションだそうですけども・・・。バブルはじけたらどうなるんだろう。

ところでこの公園は市政100周年の時に作られました。 大連の市民1000人の足形で作った足あとは、手前から赤ちゃん→子供→若者→大人と徐々に 年齢が上がっていきます。 中に少しだけ高くなっているものがあり、立ち入り禁止の看板をそっちのけでみなさんその足あとの上で写真を撮ります。 こちらは大連の改革を担った薄煕来市長の足形です。
「市長のお陰で大連は綺麗な町に生まれ変わりました。大連市民はみんな市長が好きなんです。」
大連出身の女性が他市を「汚い」という背景はこの市長の改革のたまものなのかなぁとしみじみした。昔の大連はどんなだったんでしょうかね。
ちなみに大きすぎてフレームにうまく入らなかったのですが、この足あとの先にある大きなオブジェは 本を開いたところを表現したものです。大連市の100年の歴史を表現しています。
1000人の足あとといい、大連の歴史の過去と未来を刻んでいくというような歴史書のイメージもセンスあります。

本を開いたところをイメージしたオブジェ 本を開いたところをイメージしたオブジェの端っこ 馬の銅像。禁止なのにみんなまたがる
左から開いた本を表現したオブジェ(入りきらず)、本の端っこだけを撮ったところ、禁止でもやっぱり銅像に乗る。

旅順で行った海鮮食堂 方玲酒店

セロリと蝦のカシューナッツ炒め
お昼ご飯に行った旅順の海鮮食堂。6人で食べたのでいろんな物を頼めました。 蝦蛄牡蠣と豆腐のうま煮、蝦とセロリのカシューナッツ炒め、羊の楊枝揚げ春餅包み、貝と唐辛子の炒め物、豚バラ肉と梅菜の蒸し煮、どれも結構なボリュームだった。
しかしそういえばここでも社長は普通に自分だけ酒を飲んでいた。(それもアリ入りの白酒。) 我々は昼間から酒を飲みたくないのでお茶のんでましたが。

茹で蝦蛄羊の爪楊枝揚げ貝と唐辛子の炒め物お店の外観

大連で行った串焼き屋 黄土泥焼鶉子

串焼き
オプショナルで連れて行ってもらった夜ご飯。大連の庶民的な食堂プランでお願いしていたが、 両親に気を遣ってくれてこぎれいな店になってしまった。 地球の歩き方にも載っていますが、ここはJALホテルの目の前にある別の支店です。
元々は鶉焼きのお店だそうですが、串焼きやするめ、羊のスペアリブなど大連っぽいものをいろいろガイドさんがオーダーしてくれた。
蚕の蛹の串焼きはほろ苦くクリーミー。女性が美容のために食べるんだそうですよ。 この数日後に揚げたのを食べたのはカリカリと香ばしかったです。

エノキと葱の串焼き羊のスペアリブ蚕の蛹の串焼きお店の外観

中国 東北地方(旧満州国)に行きたくなったら・・・物価の目安にどうぞ。

旅行時期:2011年6月
1元=約13円
■観光:旅順ツアー 800元/人(3人以上参加、車貸し切りの一人当たりの料金)
■食事:庶民宿堂の夕食 100元/人(ツアーに追加のため割引)
■土産:白酒 35元、紫菜(海苔) 35元

■成田-大連航空券 直行便で20,000円前後~。

安いのは中国南方航空。次いで中国国際航空。高いのは日系。
機内食や定時運行など日系が信頼が置けるのでビジネス利用の場合は日系で。
観光の場合は、飛行時間も長くないのでお好みでどうぞ。