第7話 バラナシの日の出と物売る子とのやりとり。 [バラナシ]
【バラナシを象徴するかのようなガート群をのぞむ】
冬の北インドは昼間は半袖で十分でも朝晩は意外と冷え込む。今朝は、長袖1枚では耐えられないくらいだ。
ガンガーのほとりにでると早速「ボート?」とお声がかかったが勿論乗らない。
そのままどこかにとどまって日の出を見たい。
人が少ないポイントまで歩き腰を下ろすと、川っぷちで洗濯する男達を横目に昇る朝日を眺めた。
午前10時を回ると、急に気温が上がっていく。暑いが空気が乾いているので過ごしやすい。
のんびりと日の出を満喫した我々は、マーケットが活気づくのに併せ絵はがきを出しに行くことにした。
慣れないインド英語のやりとりで四苦八苦しながら、かろうじて絵はがきを出し郵便局を出ようとしたとき1人の少年と目があった。
「ハロー。神様いらないか?」
実はその少年と会うのは二度目だった。日の出を見た後、宿に戻る途中で声をかけてきていたのである。
「神様いらない。」
適当にあしらっていると、彼は違うものを出してきた。ヒンズー教徒が額につける、あのビンディ用の粉だ(既婚女性が髪の分け目に入れたり、寺院に参拝した人につける額の印用だったり、いろんな用途がある)。
「あ、ビンディーーだ!!」
ジャイプール買ったサリーを着るときは、インド人っぽくビンディできめたかった。
昨日、マーケットでシール状の簡易ビンディは買ったけど、本当になりきるなら粉かもしれない。
そんなことを考えて、思わず反応してしまった。欲しそうな顔をしてしまったらしい。
「あとでね」 ←日本語
適当にあしらったつもりでそう答えたが、「プロミス」と右手を差し出された手を反射的に握り返してしまった。
「さっき約束したでしょ!!」
なんで、いるんだ?! なんで、わかるんだ!このときの私は、日の出を見ていた早朝とは服装だって全然違った。
長袖重装備だった今朝に対し、今は半袖の服に着替え、日よけに帽子をかぶっていた。
しかも、あのときは「あとでね」と日本語でいったのだ。
私にもその辺で見かけただけのインド人の顔なんて、区別つかない。
だから、インド人にとっても日本人なんて誰でも同じに見えるだろうと高をくくっていた。
特にこの時期のバラナシは日本人であふれかえっているのだから。
商魂たくましいインドの少年にしっかりと見分けられてしまい、「まー約束したのは私か。」と少年から粉のビンディを買うことにした。
持参していた使い捨てライターをつけて値切ったりしたが、人々が日常で使うものだから買値よりもずっと安かったんだと思う。
少年からビンディを買うと、それを見ていた別の少年が群がってくる。
「神様、神様」
神様はいらーーん。
その後もぶつぶつ交換に味を占め、ペンと銅の壺に入ったガンガーの水(ガンガー・ジャリー)を交換した。
バラナシに巡礼した人々が、来れなかった家族や知り合いのためにおみやげに買って帰る聖水なのだが、
おもしろ半分で異教徒がこんなことをして罰が当たらないことを祈る。
ちなみにこの旅行記を書いた当時はインドは今ほどライターなどが普及しておらず、物々交換に応じてくれた。
頂き物のペンでも日本製は品質がよいので大変ありがたがってもらえたのだ。
そして、洗濯したTシャツが乾かないので、かわっぺりで広げて太陽に当てて干していたら、
「それ売ってるの?」と聞かれたりもしました。
ジーンズなんかは高級品で盗まれたなんていう話も聞いたし、その頃はアメカジが高級だったのかも知れません。
のんびりと日の出を満喫した我々は、マーケットが活気づくのに併せ絵はがきを出しに行くことにした。
慣れないインド英語のやりとりで四苦八苦しながら、かろうじて絵はがきを出し郵便局を出ようとしたとき1人の少年と目があった。
「ハロー。神様いらないか?」
実はその少年と会うのは二度目だった。日の出を見た後、宿に戻る途中で声をかけてきていたのである。
「神様いらない。」
適当にあしらっていると、彼は違うものを出してきた。ヒンズー教徒が額につける、あのビンディ用の粉だ(既婚女性が髪の分け目に入れたり、寺院に参拝した人につける額の印用だったり、いろんな用途がある)。
「あ、ビンディーーだ!!」
ジャイプール買ったサリーを着るときは、インド人っぽくビンディできめたかった。
昨日、マーケットでシール状の簡易ビンディは買ったけど、本当になりきるなら粉かもしれない。
そんなことを考えて、思わず反応してしまった。欲しそうな顔をしてしまったらしい。
「あとでね」 ←日本語
適当にあしらったつもりでそう答えたが、「プロミス」と右手を差し出された手を反射的に握り返してしまった。
「さっき約束したでしょ!!」
なんで、いるんだ?! なんで、わかるんだ!このときの私は、日の出を見ていた早朝とは服装だって全然違った。
長袖重装備だった今朝に対し、今は半袖の服に着替え、日よけに帽子をかぶっていた。
しかも、あのときは「あとでね」と日本語でいったのだ。
私にもその辺で見かけただけのインド人の顔なんて、区別つかない。
だから、インド人にとっても日本人なんて誰でも同じに見えるだろうと高をくくっていた。
特にこの時期のバラナシは日本人であふれかえっているのだから。
商魂たくましいインドの少年にしっかりと見分けられてしまい、「まー約束したのは私か。」と少年から粉のビンディを買うことにした。
持参していた使い捨てライターをつけて値切ったりしたが、人々が日常で使うものだから買値よりもずっと安かったんだと思う。
少年からビンディを買うと、それを見ていた別の少年が群がってくる。
「神様、神様」
神様はいらーーん。
その後もぶつぶつ交換に味を占め、ペンと銅の壺に入ったガンガーの水(ガンガー・ジャリー)を交換した。
バラナシに巡礼した人々が、来れなかった家族や知り合いのためにおみやげに買って帰る聖水なのだが、
おもしろ半分で異教徒がこんなことをして罰が当たらないことを祈る。
ちなみにこの旅行記を書いた当時はインドは今ほどライターなどが普及しておらず、物々交換に応じてくれた。
頂き物のペンでも日本製は品質がよいので大変ありがたがってもらえたのだ。
そして、洗濯したTシャツが乾かないので、かわっぺりで広げて太陽に当てて干していたら、
「それ売ってるの?」と聞かれたりもしました。
ジーンズなんかは高級品で盗まれたなんていう話も聞いたし、その頃はアメカジが高級だったのかも知れません。