インド(アタリ)・パキスタン(ラホール)国境。役人にも思うところがある。
パキスタンのソフトドリンク屋。
コカコーラよりペプシ主流。
まず国境前の私設両替商でインドルピーを全てパキスタンルピーに交換。そして、門をくぐってイミグレーションまでひた歩いた。
陸路の国境は数カ国見てきたがここの事務所も例外ではなく、とても設備が簡素。その割に係員の数だけはやたらにら多い。
インドじゃその辺の小売店ですら、日本では考えられない数の従業員がいるが、ここの場合は陸路だし、大量の荷物を持ち込む人間が多くて、それを裁くのに人数が必要ってことだとも思う。
列車の切符売り場と見まがうような簡素な窓口にパスポートを提出し、出国印をポンっと押して貰うと、
部屋のど真ん中のテーブルで荷物チェックを受ける。
時刻は既に夕方の4時を回っていた。こんなぎりぎりの時間に国境を越えようとしているのは私くらいで、暇をもてあました職員は全員こっちに注目している。
やだなぁ。お役所でこの仕打ち。
「インドは何回目?どこに行ってきたの?3日前に来て、もう行くの?」
「パキスタンなんかに行ってどうするんだ?行くな行くな。」
「インドとパキスタンの仲が悪いって?んなもん政府だけが争ってんだよ」
そんなことを言う人もいるけれど、どちらかと言えば彼の様に「パキスタンなんかに行っても意味がない」と訳もなく断言する人の方が多い。
単にパキスタンを毛嫌いしているのか、自国にものすごい誇りを持っているのか、 パキスタンに対する焼き餅なのか真相は全くわからないが、国境を越えようとしている旅人に今更行くなとか言うなよ。
適当に聞き流していたら、だんだん話のピントがずれて来て、
「またインドに戻ってくるのか。」「それだったら、そのとき一緒に酒でも飲もうぜ。」
って、ナンパかい。おまえらまじめに仕事しろ~!国境の職員だからまじめに答えちゃったじゃないか。
インドのイミグレを無事抜け、パキスタンとの境に架かる橋にさしかかった。
その橋を挟むようにして設置された頑丈そうな門の前に、それぞれ一人ずつ、制服姿の軍人が立っている。
いろいろなメディアで取り上げられているし、外国人でも知っている人は多いが、ここアタリの国境では、
毎日、本当に毎日、両国軍によって、日没時に国旗降納の儀式がある。
パラッパラッパパーっと鳴り響くトランペットの音を合図にして、両国軍の代表の軍人がざくざく土を踏みならして、国旗掲揚台の前まで突き進む。まるで、橋の向こう側への威嚇である。
いくつかの大袈裟パフォーマンスの後、やっと旗が降ろされるのだが、冷静に眺めると子供の喧嘩みたいだ。
せっかく生で見るチャンスだし見てみたい気もするんだけど、日没まではあと数時間あるしなぁ。
こんなへんぴなところから、暗い中一人で町に向かうほどの勇気はないので、お名残惜しいがさっさと橋を渡ってパキスタンの領域に入った。 ここからは、時計の針がぐるっと30分戻って、再び16時過ぎとなった。
パキスタン側に入ってすぐ、路上でいったんパスポートチェック。
係の軍人はパスポートから私の個人情報を書き写しつつ、尋問のような、好奇心のような質問を浴びせる。
パキスタンと日本は、昔、ビザの相互免除条約を結んでいたので、パキスタン人は結構日本に出入りしていた。そのついでに・・・と言ってはおかしいのだが、不法就労をしていた人も多かった。(だから、相互免除がなくなったのだ。)
つまり彼らは日本で働けばどのくらい稼げるか、日本人がどのくらい給料を貰っているかを知っている可能性がある。そんな彼らに、
「おまえは日本でいくら給料を貰っているんだ」
なんて聞かれると、少々言葉に詰まる。インド人に聞かれるよりも答えにくいっ。
最終関門、パキスタン側のイミグレにたどり着くと、窓口にパスポートを出した。
係の親父は氷の様な冷たい目でギロリとこちらをにらみつけるだけで、微動だにしない。
が、急に思い立ったかの様にちらりと自分の腕時計に目を落とすと、なんだか諦めたようにため息をつき、ポンっと入国スタンプを押してパスポートを投げ返した。
くそう。なんか、こんなに冷たい態度をとられる憶えないんすけど・・・。
数日後、パキスタンの山の上に登ると、同じようにアタリの国境を越えてきたガイジンにたくさん出会った。
文字がウルドゥー語に変わった。
「ええ?別に。普通に通れたけど・・・。」
「マジ~??俺らんときは、ホントあの親父すげーむかついたっすよ。パキスタンに何しに行くんだ。観光ビザはどうした?ってしつこくて。」
「「俺らパキスタン人が日本に行くにはビザがいのに、どうして日本人はビザもなしでパキスタンに来るんだ!」とか言って、1時間くらいはんこ押してくんねーし」
「俺は白人や韓国人と一緒だったけど、奴らにも同じ対応だった」
「無事国境を越えたあとは、みんなで「あいつはバカだ!」って言ってたぜ」
彼らの話を総合すると、ほとんどの人がアムリトサルに宿泊し、早朝、遅くとも昼には国境に来ていた。
私はほとんどぎりぎりの時間に国境に着いたので手続きをはしごし、最後の難関にたどり着いた時はパキスタン時間で16時40分ごろだった。
なるほど。あそこで時計に目を落とした意味がようやくわかった。終業時間だったから私にはなーんにも言わなかったんだ。
そういや、あの親父、直後にバイクでぶぶーんと帰ったわ。
早朝だったらたっぷり時間はあるもんね。ガイジンいじめるのは快感だろう。
インドのガイドブックは毎年改訂されるのに、パキスタンのそれは数年に一回しか改訂されない。
旅人がいない→買う人がいない→取材に行かない→新しい情報がない→改訂されない→余計に旅人が行かない。。。という様な堂々巡りを繰り返してるんでしょう。(ちなみに2001年は数年ぶりに改訂されました)
パキスタンだって観光地としての見所はあるにはあるけどちょっと地味め。
そして、テロの多さで危険というイメージがあるのか、イスラム教に対する偏見か、それとも政府のPRがヘタなのかとにかく観光客がとても少ない。
今までは、国家として外国人の流入をあまり歓迎しなかったというのもあり得るけれど。
お酒飲んだり、イスラムに理解がなかったりで、外国人は問題も起こしそうだし。
荷物検査も念入りで、外国人はお酒の有無が焦点です。
私は「お酒持ってる?」「持ってない。飲まないもん。」という会話で軽く終了したが、
外国人男性は特に念入りみたいですよ。(ま、ほんとに持ってなかったですけど。)
冒頭でも書いたけど、今年になってパキスタン政府は観光客の増員を見込んで、日本人を含む各国の旅行者に30日間のビザの免除措置をとった。これは相互免除条約ではなく一方的な免除措置だ。
だからこの親父のように、複雑な気持ちでいる国民もいて当然。
ここで姑息な嫌がらせをすることは、むしろ逆効果だとは思うけど憂さ晴らしにはなるだろう。
身近なところでは、ちょっと前まで韓国人も日本に対して同じ気持ちでいたのだと思う。
インドのイミグレ職員はガイジン慣れしすぎて軽薄だし、パキスタンの職員は少々陰険だったけど、 ある意味どっちもガイジンのせいでねじ曲がった気がする。
だから、「むかつく!」とか「あいつはバカだ!」とかそんな言葉ですませるのはちょっと浅はかだけど、まあ、結論としては、「国境をぎりぎりに越えるのもアリ」ってこと。
早朝出発はいじめにあうかもよ~。 (どんなオチだ。)