バスはレーに向かって断崖絶壁をゆく。ヒマラヤです。
マナリについたら雨だった。今は雨期だし、ここは山だし、別段不思議でも何ともないのだが。
ちょうどバスが着いた時間が雨のピークだったため、宿探しを断念し、リキシャマンに適当な宿に連れていって貰った。
その宿がバス停から徒歩1分でつくようなところなのに10ルピーも払ったとか、ホットシャワーの部屋はダブルのだだっ広い部屋しかないとか、布団がちょっとじめじめするとかは、この際見なかったことにしておいた。
マナリに着いて一番最初に思ったことは、「なにこれ。日本の山みたい」って事。
私は、山とはいえインドの山なんだから日本にはないような植物が生えていたりとか、動物がわさわさ飛び出してくるような光景を期待していた。
中国の山を見たときは、想像通りの東アジアの山だと。日本にも近いから似てるんだと勝手に納得していた。
しかし、山はやっぱり山で、植生とかに特に詳しくなければ違いがよくわからないようだ。
マナリに特に目的もなかったが、滞在理由ももはや見つからない。マーケットの散策もものの30分ほどで終わり、レー行きのチケットを購入。 そして、チベタンのおばちゃんの食堂でカレー味のトゥクパで夕食をとり、レー行きを盛り上げておいた。
トゥクパの上にモモが乗ってるあたり豪華版じゃない???
マナリのお寺と夕食のモモのせトゥクパ
翌朝早く、レー行きのバス乗り場に向かった。昨日に引き続き、まだ雨が降っている。いやな天気だ。
周りを見渡してみると、ちらちらとアジア系の顔立ちの人が目にはいるけど・・・日本人かなぁ?
昨日のバスの中でも「日本人かな?」と思った人が、明らかに日本語ではない言葉をしゃべり始めたし、どうも声をかけづらい。
そろりそろりと近づき男性と車掌の会話を盗み聞きすると、綺麗な発音の英語の会話。間違いなく日本人じゃないわ。
(後で判明したことだが、この彼は中国人の血が混ざっているイギリス人であった。)
車掌に指示された席に座ると、じわじわーっとお尻にウェッティーな感触。じめじめしているを通り越して、びちょびちょに近い。
湿気もここまでくると気持ち悪すぎ。せめて座席がビニール張りシートならよかった。
ふと、通路を挟んで右斜め前に座っている男性が目に入った。黒縁眼鏡をかけて、スポーツ刈り、ひょろひょろっと背が高い。
彼の隣にいる女性とはお互いに片言の英語で会話をしているみたい。二人とも明らかにモンゴロイド系の顔立ち。顔の色は二人とも黄色。 加えて、英語が片言。彼女の顔立ちはちょっとツリ目系な感じで、おお、男性は日本人、女性は韓国人だなこれは。
「あのー、日本の方ですか?」「はい、そうですけど・・・」
おお、やはり!
彼の名はNさんといい、京都大学の大学院生。2週間ほどの夏休みを使ってラダックに行こうと思ったとのこと。
何故、学生なのに休みが2週間かというと、実験が立て込んでいてこれだけ休むのが精一杯らしい。
しかし、私が学生の時は8月はまるまる休んでいたよ。さすが京大。
その後、彼と適当に会話を交わしていたが、いつのまにやらぐっすり眠りこけてしまい気がついたらバスは止まっていた。
「なんか、パスポートチェックらしいっすよ」
Nさんに促されるままバスを降りる。
どうやらレーまでの間、外国人は何カ所でパスポートチェックを受けるらしい。
外国人のパスポートを集め、日時、国籍、パスポートナンバー、氏名等々一人一人の分を手書きで書き写す。
その作業が非常に時間がかかるため、乗客乗員の休憩も兼ねられ、周りには売店、食堂などが集まる。
さぁて、遅めの朝食?それともトイレが先?などと考えていると、バスでNさんの前の座席に座っていた女性に話しかけられた。
「よくオヤスミでしたねぇ」
「え?日本の方だったんですか?」
実は彼女もバスに乗るときに見かけていた。
ただ、彼女は"黒縁眼鏡をかけた中年男性"と"ラダックに行く旅行者にしては小綺麗なナリをしている若い女性"と3人で歩いていた。
男性の方は眼鏡のフレームが日本人ぽくないし、もう1人の女性もオリエンタルな感じだったし、この人も日本人じゃないんだろうなーって勝手に思っていたのだ。
いや、よくよく考えたら日本人顔なんですけどね。
彼女はKさんといい、なんとこんなに若いのに子供が3人もいるお母さんだった。
Nさんはなんだかのんびりして、控えめな雰囲気の人だが、Kさんは非常に快活な人で、売店のインド人にヒンディー語や英語でばんばん話しかけているし、「うん!揚げチャパティーおいしい!」なんて言って、ばくばく食べているし、すっごく楽しそうに旅をする人だった。
「そういえば、さっきダライラマさんの車が私たちのバスの後ろを走ってたんですよ」
は?いきなりなんですか?ダライラマ法王はダラムサラにいるのではないか?
「なんでもスピティーって場所でカラチャクラのお祭りがあって、ダライラマさんが初日と最終日にスピーチをするんですって。」
「昨日はマナリに泊まってたみたい。それで今日はたまたまスピティーに向かうダライラマさんの車がこのバスの後ろを走っていたってワケ。途中の分岐点でスピティーの方に行っちゃったけど・・・」
「ええー?起こして下さいよー」「いや、でもぐっすり寝ていたし・・・」
そういえば昨日の夜行バスの道すがら、チベット系の人々が花を持って沿道にずらっと並んでいた。
子供がやたらと多かったし、「学校の野外実習かなぁ?バスが通るのをよけてるのかしら」なんて思いながら見送った
「ああ、それってダライラマさんを歓迎するためにみんな待ってたんじゃないですか?」
そ、そうだったのか・・・。もしかして、昨日からずっとニアミスなんじゃないか。ええ、なんてこった~。(←みーはー)
ちなみにこの時点で、レーの後に行く町リストの中からダラムサラが消えたのは言うまでもない。(行ったってダライラマいないから。)
マナリから遠ざかるにつれ、徐々に道は悪くなっていった。
まず舗装がなくなった。
長年、この道はきっと、馬車や車などが行き交った事で踏み固められて自然にできあがったんだろう。 一歩間違えれば転げ落ちてしまうであろう断崖絶壁にあるワインディングロードだ。 (一番すごいところでは爆睡してて見てない)。
そして、標高が高くなってきたのか、植物がなくなった。
最初のうちは高山植物が花開いていたのだが、山肌も道も砂利だらけ。日本の河口付近の河原みたいなのである。
夕方になり、バスは今晩の宿泊地であるサルチュのテント村(HIMACHAL TOORISM'S TANTAGE COLONY SARCHU)に着いた。
なんでも、サルチュはちょうどヒマーチャルプラデーシュとジャンムーカシミール州の境にあるらしい。 ほぼ半分の行程を乗り切った事になる。これからさらに標高が高くなっていくのだなぁ。
そういえば、私はトイレに行く回数を減らしたいためになるべく水分を取らないように心がけていたのだが、周りの人はやたらにがばがばとペットボトルの水を飲んでいる。高山病を予防するために大事だったらしい。
そして、「寒けりゃレーで防寒具を買おう」なんて考えで軽装の私に比べ、Kさんの重装備ときたら・・・。
もしかして、私、山を舐めてますか? うーむ。この先大丈夫なのだろうか。
インドのバスは、ローカルバスもツーリストバスも必ずコンダクターが乗車している。
乗客のチケットのチェック、飛び入り客からの料金の徴収、出発の合図(インドの場合は「チョロ(行け)」という)、
停車時の誘導等々。やることは特別難しくなく、走行中はぼーっと座っているだけ。
しかし、彼らが大活躍するときがやってきたのだ。
前方に羊の集団発見!ちょろちょろとマイペースで歩く彼ら。コンダクターは足下から長い棒を取り出し、窓から一喝。「どけー」
するとその大声にびびった一匹の羊が、後ろを振り返ることもなく走り出す。 そして、走り出した羊につられたのか、一匹、二匹と次第に伝搬し始め、終いには集団大逃走。
きっとコンダクターさんは前にじゃなくて、横によけて貰いたかったハズなのよ。下手をするとひき殺しちゃうしなぁ。
結局、この後10分以上追いかけっこである。コンダクターものど枯れそうになってた。
羊の集団をやっと撒いたと思ったら今度は牛。牛は大したもので、棒ではたかれても怒鳴られてもマイペース。 どかないし、歩くスピードも上がらないし、のそのそとただ歩いている。
一匹、二匹ならどうってことないのだが、集団でいられると太刀打ちできない。 インドの山でワンマンバスは走れませんね。
ちょうどバスが着いた時間が雨のピークだったため、宿探しを断念し、リキシャマンに適当な宿に連れていって貰った。
その宿がバス停から徒歩1分でつくようなところなのに10ルピーも払ったとか、ホットシャワーの部屋はダブルのだだっ広い部屋しかないとか、布団がちょっとじめじめするとかは、この際見なかったことにしておいた。
マナリに着いて一番最初に思ったことは、「なにこれ。日本の山みたい」って事。
私は、山とはいえインドの山なんだから日本にはないような植物が生えていたりとか、動物がわさわさ飛び出してくるような光景を期待していた。
中国の山を見たときは、想像通りの東アジアの山だと。日本にも近いから似てるんだと勝手に納得していた。
しかし、山はやっぱり山で、植生とかに特に詳しくなければ違いがよくわからないようだ。
マナリに特に目的もなかったが、滞在理由ももはや見つからない。マーケットの散策もものの30分ほどで終わり、レー行きのチケットを購入。 そして、チベタンのおばちゃんの食堂でカレー味のトゥクパで夕食をとり、レー行きを盛り上げておいた。
トゥクパの上にモモが乗ってるあたり豪華版じゃない???
マナリのお寺と夕食のモモのせトゥクパ
翌朝早く、レー行きのバス乗り場に向かった。昨日に引き続き、まだ雨が降っている。いやな天気だ。
周りを見渡してみると、ちらちらとアジア系の顔立ちの人が目にはいるけど・・・日本人かなぁ?
昨日のバスの中でも「日本人かな?」と思った人が、明らかに日本語ではない言葉をしゃべり始めたし、どうも声をかけづらい。
そろりそろりと近づき男性と車掌の会話を盗み聞きすると、綺麗な発音の英語の会話。間違いなく日本人じゃないわ。
(後で判明したことだが、この彼は中国人の血が混ざっているイギリス人であった。)
車掌に指示された席に座ると、じわじわーっとお尻にウェッティーな感触。じめじめしているを通り越して、びちょびちょに近い。
湿気もここまでくると気持ち悪すぎ。せめて座席がビニール張りシートならよかった。
ふと、通路を挟んで右斜め前に座っている男性が目に入った。黒縁眼鏡をかけて、スポーツ刈り、ひょろひょろっと背が高い。
彼の隣にいる女性とはお互いに片言の英語で会話をしているみたい。二人とも明らかにモンゴロイド系の顔立ち。顔の色は二人とも黄色。 加えて、英語が片言。彼女の顔立ちはちょっとツリ目系な感じで、おお、男性は日本人、女性は韓国人だなこれは。
「あのー、日本の方ですか?」「はい、そうですけど・・・」
おお、やはり!
彼の名はNさんといい、京都大学の大学院生。2週間ほどの夏休みを使ってラダックに行こうと思ったとのこと。
何故、学生なのに休みが2週間かというと、実験が立て込んでいてこれだけ休むのが精一杯らしい。
しかし、私が学生の時は8月はまるまる休んでいたよ。さすが京大。
その後、彼と適当に会話を交わしていたが、いつのまにやらぐっすり眠りこけてしまい気がついたらバスは止まっていた。
「なんか、パスポートチェックらしいっすよ」
Nさんに促されるままバスを降りる。
どうやらレーまでの間、外国人は何カ所でパスポートチェックを受けるらしい。
外国人のパスポートを集め、日時、国籍、パスポートナンバー、氏名等々一人一人の分を手書きで書き写す。
その作業が非常に時間がかかるため、乗客乗員の休憩も兼ねられ、周りには売店、食堂などが集まる。
さぁて、遅めの朝食?それともトイレが先?などと考えていると、バスでNさんの前の座席に座っていた女性に話しかけられた。
「よくオヤスミでしたねぇ」
「え?日本の方だったんですか?」
実は彼女もバスに乗るときに見かけていた。
ただ、彼女は"黒縁眼鏡をかけた中年男性"と"ラダックに行く旅行者にしては小綺麗なナリをしている若い女性"と3人で歩いていた。
男性の方は眼鏡のフレームが日本人ぽくないし、もう1人の女性もオリエンタルな感じだったし、この人も日本人じゃないんだろうなーって勝手に思っていたのだ。
いや、よくよく考えたら日本人顔なんですけどね。
彼女はKさんといい、なんとこんなに若いのに子供が3人もいるお母さんだった。
Nさんはなんだかのんびりして、控えめな雰囲気の人だが、Kさんは非常に快活な人で、売店のインド人にヒンディー語や英語でばんばん話しかけているし、「うん!揚げチャパティーおいしい!」なんて言って、ばくばく食べているし、すっごく楽しそうに旅をする人だった。
「そういえば、さっきダライラマさんの車が私たちのバスの後ろを走ってたんですよ」
は?いきなりなんですか?ダライラマ法王はダラムサラにいるのではないか?
「なんでもスピティーって場所でカラチャクラのお祭りがあって、ダライラマさんが初日と最終日にスピーチをするんですって。」
「昨日はマナリに泊まってたみたい。それで今日はたまたまスピティーに向かうダライラマさんの車がこのバスの後ろを走っていたってワケ。途中の分岐点でスピティーの方に行っちゃったけど・・・」
「ええー?起こして下さいよー」「いや、でもぐっすり寝ていたし・・・」
そういえば昨日の夜行バスの道すがら、チベット系の人々が花を持って沿道にずらっと並んでいた。
子供がやたらと多かったし、「学校の野外実習かなぁ?バスが通るのをよけてるのかしら」なんて思いながら見送った
「ああ、それってダライラマさんを歓迎するためにみんな待ってたんじゃないですか?」
そ、そうだったのか・・・。もしかして、昨日からずっとニアミスなんじゃないか。ええ、なんてこった~。(←みーはー)
ちなみにこの時点で、レーの後に行く町リストの中からダラムサラが消えたのは言うまでもない。(行ったってダライラマいないから。)
マナリから遠ざかるにつれ、徐々に道は悪くなっていった。
まず舗装がなくなった。
長年、この道はきっと、馬車や車などが行き交った事で踏み固められて自然にできあがったんだろう。 一歩間違えれば転げ落ちてしまうであろう断崖絶壁にあるワインディングロードだ。 (一番すごいところでは爆睡してて見てない)。
そして、標高が高くなってきたのか、植物がなくなった。
最初のうちは高山植物が花開いていたのだが、山肌も道も砂利だらけ。日本の河口付近の河原みたいなのである。
夕方になり、バスは今晩の宿泊地であるサルチュのテント村(HIMACHAL TOORISM'S TANTAGE COLONY SARCHU)に着いた。
なんでも、サルチュはちょうどヒマーチャルプラデーシュとジャンムーカシミール州の境にあるらしい。 ほぼ半分の行程を乗り切った事になる。これからさらに標高が高くなっていくのだなぁ。
そういえば、私はトイレに行く回数を減らしたいためになるべく水分を取らないように心がけていたのだが、周りの人はやたらにがばがばとペットボトルの水を飲んでいる。高山病を予防するために大事だったらしい。
そして、「寒けりゃレーで防寒具を買おう」なんて考えで軽装の私に比べ、Kさんの重装備ときたら・・・。
もしかして、私、山を舐めてますか? うーむ。この先大丈夫なのだろうか。
【写真】インドの山道 (マナリ-サルチュ編)
道路の舗装工事中
時々、人海戦術を駆使して道路工事をしているのを見かけた。
人件費が安いからっていうことなのだろうけどさ。 これだけ過酷な仕事をしているのに、彼らの懐に入る給料はきっとわずかなモノなのだろう・・・。
「日本のゼネコンにやらせりゃーいいのに」 とNさんは言うが、そうしたら彼らの仕事がなくなるし、第一山肌をコンクリートでびっちり固められて無機質な道になってしまうと思う。観光客の足が遠のいたら元も子もない。
しかし、このままじゃ崖崩れとの追いかけっこなんだよな。何が一番良い方法なのでしょう。
- 人々の手でもって岩を砕いて砕いて砕いて砂利を作る。
- ドラム缶をまっぷたつに割り、横向きに寝かせて下で火を熾す。
- アスファルトの材料をドラム缶にぶち込みガンガンに熱する。
- 真っ黒などろりとした液状になったところで、先ほどの砕いた砂利を入れ、まんべんなくかき混ぜる。
- そうして、できあがった手作り道路の素で、これまた手作りで道を塗り込める。
人件費が安いからっていうことなのだろうけどさ。 これだけ過酷な仕事をしているのに、彼らの懐に入る給料はきっとわずかなモノなのだろう・・・。
「日本のゼネコンにやらせりゃーいいのに」 とNさんは言うが、そうしたら彼らの仕事がなくなるし、第一山肌をコンクリートでびっちり固められて無機質な道になってしまうと思う。観光客の足が遠のいたら元も子もない。
しかし、このままじゃ崖崩れとの追いかけっこなんだよな。何が一番良い方法なのでしょう。
インドでは動物が大活躍なのだ
ロバは、小さくて愛嬌のある動物だが、ご存じのように意外と力持ち。
山では荷物運びにこき使われるパシリのようなヤツである。
で、度々このようなロバを見かけた。 此奴らは放牧帰りっぽい感じだが、時には体の何倍もの荷物を背負っている集団もいた。
その荷物の中身も様々。食料を運搬していたりするのは普通だが、バックパックやテントを山積みにしているのもいた。
「へぇ。そういうトレッキングの仕方もあるんだなぁ。」
妙に感心。荷物はロバに任せて身一つで山登りか。
で、度々このようなロバを見かけた。 此奴らは放牧帰りっぽい感じだが、時には体の何倍もの荷物を背負っている集団もいた。
その荷物の中身も様々。食料を運搬していたりするのは普通だが、バックパックやテントを山積みにしているのもいた。
「へぇ。そういうトレッキングの仕方もあるんだなぁ。」
妙に感心。荷物はロバに任せて身一つで山登りか。
逃げまどう羊と動じない牛(笑)
しかし、彼らが大活躍するときがやってきたのだ。
前方に羊の集団発見!ちょろちょろとマイペースで歩く彼ら。コンダクターは足下から長い棒を取り出し、窓から一喝。「どけー」
するとその大声にびびった一匹の羊が、後ろを振り返ることもなく走り出す。 そして、走り出した羊につられたのか、一匹、二匹と次第に伝搬し始め、終いには集団大逃走。
きっとコンダクターさんは前にじゃなくて、横によけて貰いたかったハズなのよ。下手をするとひき殺しちゃうしなぁ。
結局、この後10分以上追いかけっこである。コンダクターものど枯れそうになってた。
羊の集団をやっと撒いたと思ったら今度は牛。牛は大したもので、棒ではたかれても怒鳴られてもマイペース。 どかないし、歩くスピードも上がらないし、のそのそとただ歩いている。
一匹、二匹ならどうってことないのだが、集団でいられると太刀打ちできない。 インドの山でワンマンバスは走れませんね。
一応、ここらで景色をば
左がマナリを出て2時間後くらいの場所の写真。草の背が高い。
右は6時間ほど後になる。標高も3000メートル近かったかな。 山肌に植物はないし、平坦なところも芝くらいの丈の草がわずかに生えている程度。 夏でこれだけかぁ。
でも空気は澄み切ってるし、空は青いし、なんてったって近い! ごろんと寝そべってるだけで最高でしょう。(あ、でも紫外線強そう・・・)
右は6時間ほど後になる。標高も3000メートル近かったかな。 山肌に植物はないし、平坦なところも芝くらいの丈の草がわずかに生えている程度。 夏でこれだけかぁ。
でも空気は澄み切ってるし、空は青いし、なんてったって近い! ごろんと寝そべってるだけで最高でしょう。(あ、でも紫外線強そう・・・)