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テント村の大道芸人と手作りミサンガ。関西男子の心意気。

興奮醒めやらぬ民衆 ダライラマ法王の説法が終わると、それを合図にするかのように人々は三々五々散っていく。
改めて周りの聴衆を見渡すと、きらきらとした銀や金の刺繍の入った綺麗な服を着ていて、気合い入りまくり。

実は彼はカメラが趣味のNさんは趣味を通り越して仕事に出来たらなぁなんていう微かな野望を抱いている。
だから、生き神様にお会いできて幸せ一杯で、めい一杯おしゃれした人たちで溢れているのを見逃すはずがない。
気が付くと会場のあちこちでカメラを片手にうろうろしている彼が目に付く。

チベット人女性ばかりを狙っていたと思ったら、いつの間にか日本人女性と話していた。

「去年もここに二週間くらいいたんです。で、また今年も(笑)」

マニアックな日本人というのはいるものである。こんな山奥の祭りで結構な人数の日本人に会うんですけど・・・。

ちなみに彼女に声をかけた理由はマナリまで戻るジープの同乗者を探していたからだ。
マナリまで5000ルピー。祭りの途中で帰る人はなかなかいない。彼女には資金不足で断られてしまい、
結局、3人で5000ルピーのジープをチャーターして帰ることになった。

ちなみに当時、キーからマナリまで、ローカルバスだと値段は110ルピー。ただし所要時間が14時間もかかる。
つまり、どんなに朝早く出発しても夕方のデリー行きのバスに乗り継げない。車でもぎりぎりのところである。
その上、これだけ聴衆が集まってきたのだから、帰りも大混雑で、屋根の上まで満席なのは必至。
安全と時間をお金で買うと思えば、高くはない値段だったのかも。

大道芸 この日はテント村には大道芸人が出ていた。
旅芸人一家のようで、7歳くらいの女の子と2歳くらいの男の子。司会進行は父親で、お母さんは音楽担当のようだ。

女の子は、か細い身体で、ひらり、ひらりと軽やかにバック転をしながら会場をぐるりとまわる。 体の柔らかさをアピールするためか直径30センチ程の輪っかを2回くぐって見せる。 無表情でちっとも楽しそうではないが、淡々と芸をこなしている姿が印象的だった。

そして、女の子が何かするたびに父親が大声ではやし立てる。「どうです、皆さん!」って感じ?

男の子はずっと泣き続けだ。芸を嫌がっているが父はそれを許さない。それも棒でけしかける。
叩かれたくないから、男の子は泣きわめきながらも輪っかをくぐり抜ける。

正直、芸と言うにはあまりに見窄らしく、ちんけなものだった。日本だったらお金を払う人はいない。猿の方がもっとまともな芸をする。

さらにその後、父親は男の子を縄で縛り付け、綱にぶら下げ、ぶら下がった男の子を回旋塔のようにぐるぐると回し始めた。
・・・これの何処が芸なのかが全くわからない。
男の子は一層泣きわめき、それを見ていた周りの外国人は「クレイジー・・・」と顔をしかめている。
私も思わず「ああ、かわいそうだなぁ・・・」と口からもれてしまった。

「かわいそうって言ったらだめですよ。俺らがかわいそうっていったら彼らは一層みじめになる。
 俺らはただ彼らの芸をこの目でしっかり見てやって拍手してやらんと。」


このNさんの視点はこのときの私の中には全くなかった物で、いい意味で驚きと衝撃を受けた。
私は彼らがこうやってお金を稼がなければならない現実など全く頭になく、表面的に同情していただけだったのだ。

私が無理矢理芸をさせる父親の姿に嫌悪感を抱いていた時もNさんは目を逸らすことなく彼らを見つめていた。
振り返ってみるとここまでの旅の間、彼の真摯で率直な発言には驚かされた。そしてそれはたいてい正しかった。

この芸を見て、「素晴らしい!」と思っている人は1人もいないだろう。
たぶん芸をしている当人も自分たちが同情の目で見られているのをわかっている。でもきっと彼らにはこれしか生きる道がないのだ。

芸のクライマックスは少女の綱渡りだった。端まで渡りきると頭の上に器を乗せ、渡りきっては乗せ、徐々に枚数を増やしてゆく。
Nさんは、彼女の芸を笑顔で見守り、成功するたびに拍手を送っていた。
私は彼女の勇姿を一枚だけ残す事にした。そして、ショーが終わった後には、少女に差し出されたお皿に10ルピー札を一枚入れた。


そしてキーのテント村を後にマナリへ。

キーの村で迎える最後の朝。偶然ジープを同乗してから、ずっとテントもシェアしてきたゴードンとクリス。彼らは爆睡中。
音を立てないようにそーっとテントを出ようとした時、ゴードンがぼそっと声をかけてきた。

彼とは最初の晩に一緒に食事をしたっきり。体が高地に順応しきず高山病で寝てばかりだった。

「イギリスで俳優をしてるんだよ」

そんな彼がここに来たのはどういういきさつだったのか。聞いて見たかったが、そんな英語力も勇気もなく。
同じく英語を母国語としているクリスとの会話など宇宙語みたいだったし。

「ゴードン、元気でね。」

精一杯の英語でつぶやくと、布団から延びた毛むくじゃらの太い腕が左右に揺れた。

キーからマナリの行程は、比較的順調だったが、砂利を山積みにしたダンプが多く、道を譲ったり、譲られたり。
これじゃバスだと14時間かかるっていうのも間違いではないかも。大型車同士だったらすれ違うのも大変だ。

マナリに着き車を降りると、突然Nさんが今までになかったようなフットワークで走り回る。

「俺はデリーから200ルピーで来たんですから、これ以上1ルピーもだしませんからね!!」

昨日までの彼とはまるで別人で、私とKさんはあっけにとられていた。

片っ端から旅行会社に入り、バスの値段を尋ねてまわる。バスターミナルに表示されている正規の値段よりも、旅行会社の方が値引きに応じてくれることが多い。ましてや今日のバスだ。売れなければ空席ができるだけである。

後日わかったのだが、Nさんがデリーから乗って来たのは、ノーマルバスだ。
デリーの旅行代理店では、ノーマルとデラックスの二種類のツーリストバスを運行している。
ノーマル料金の場合、バスがぼろいのは当然のこと途中で乗り換えまであるらしい。それも公共バスに。

デラックスバスは乗り換えなしの直行で、窓もちゃんとついている。(窓がないバスあるんですよ。)
旅行代理店でデラックスバスを250ルピーと表示しているのは、ボッタクリでも何でもなく正規料金なのだ。
値引きに応じてくれた人が良心的なだけである。

まあ、その気迫が功を奏したのか、彼は200ルピーでバスチケットを手に入れた。 そしてその足で今度は「毛布売ってきます!」とどこかに走り去った。
数分後、「毛布を買った店で半額で買い取って貰いました」と満足げに笑顔で戻ってきた。

シムラのおばちゃん 昨晩、大道芸を見た後、Nさんとカラチャクラの会場で会ったチベタンのおばちゃんのテントに遊びに行った。
彼女はセーターを編む毛糸を使って、ミサンガを作って10ルピーで売っていたので作ってもらいに行ったのだ。

彼女の作るミサンガはインド人に大好評。すごい人だかりができていた。
自分で選んだ糸で好きな言葉を編み込めるので、たいていの人が自分の名前を編んで貰っていた。

Nさんは「タシデレにして」と。タシデレはチベット語でこんにちはと言う意味だ。
アルファベットがわからないおばちゃんは娘に書いてもらったスペルを見ながら文字を編み込んでいく。

できあがったミサンガはその場で腕に巻いてもらい、とても満足げな表情を浮かべるNさん。
そして、私が作って貰っている間に、作り置きのミサンガを物色し始め、市松模様とギザギザ模様の二つを取り上げた。

支払いの段になると彼は一枚の100ルピー札を差し出した。
おばちゃんは「お釣りがないよ」と困った顔をしていたが「いいよ。取っておいて」とあっさりと言う。ミサンガは1本10ルピーである。それを3つ100ルピーで買ったことになる。

「ホントは100ルピー分買ってあげようと思ったんですよ。でも、WITH ME ! とか I LOVE YOU とかはいらんし(笑)」

そんな彼の前でしっかりと1本10ルピーでミサンガを買った私ってちょー格好悪い!しかも、おまけまで貰っちゃったし・・・。

Nさんはデリー行きのデラックスバスもしかり、露店のインド人から数珠を買うのにも思いっきり値切り倒していた。
そして使い終わって要らなくなった毛布は半額でしっかり売り払った。

しかし、大道芸には気前よくチップを出し、ミサンガ代もはずんでいた。
彼のお金の使い方はかっこいいなぁと思うと同時に、態度のギャップがちょっとおかしかった。

マナリにやって来てからこの1週間、KさんとNさんとずーっと一緒だった。彼らはここからデリーに戻り、すぐに日本に飛ぶようだ。
だから、私は彼らの旅のほとんどの日程を共に過ごしたことになる。

一人旅は同行者に気遣うこともなく気軽だが、一人っきりでご飯を食べてるときや、トラブルに遭ったとき思いっきり寂しくなる。
しかし、こうやって旅先でいい出会いがあり、旅の楽しさが膨らむのも一人旅の良いところだ。

夕方になり、デリー行きのバスの出発が近くなると、バスターミナルまで二人を見送りに向かった。
走り去るバスの姿を見送るとほんのちょっぴり寂しかったけど、この後も楽しい出会いがきっとあるはず。
さあ、また一人旅だ。

しっかし、Nさんいい男でしたねぇ。兄大でて、確か岡山あたりのメーカーに就職するってゆってましたよ。
(夢はカメラマンみたいだったけど。どうなったかな~。)

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