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英国調で温泉地みたいな避暑地シムラでじじいのナンパに逃げ惑う。

温泉街っぽいシムラの町
避暑地シムラは昔は夏の首都。
ホテルの多さと霧が湯気っぽく、
熱海とか、温泉街みたい。
私もマナリに泊まる理由もない。私もさっさと移動してしまうことにした。

「シムラ行きのバスは何時に出るの?」
「シムラ行きは夜の8時に出る。席もまだある。あ、ミニバスだけどいい?」

ミニバスだろうと大型バスだろうとどちらでもいい。とにかくチケットを買った。
やってきたミニバスに乗り込み、出発を待っていると、ある親父は怒りまくっていた。
「てめえ、ドライバーコノヤロウ。ミニバスなんて聞いてないぞ!」とかなんとか言ってたらしい。

その剣幕がすさまじかったのでどんなバスなんだろうとハラハラしたが、単に席が足りなくて怒ってたらしい。
途中下車する人を見込んでチケットたくさん裁いたようで、まあそりゃ怒って当然だわ。

ぎゅうぎゅうに人を乗せたバスはシムラに向かって走る。
座席が足りないのでコンダクター君は座ることができず、出入り口のステップに立っていたくらい。

私は実は運転席の横にあるコンダクター席の隅っこに座っていた。
コンダクター席しか空いてなかったワケではない、「前と後ろどっちがいい?」って聞かれたもんだから、迷わず「前!」って答えたんである。
これは私なりにいろいろと考えた結果の選択なのだが、人に言わせるとかなり浅はかだったらしい。
まあ、それ以上に好奇心が強かったことは認める。ずっとここに座りたいと思っていたから。

ひとつ言えるのは美人でも、スタイルが良いわけでも、若いわけでもなくっても、とにかく性別が女であれば、
どんな乗り物だろうと、インドでの一人旅は夜の移動はなるべく避ける努力をしたいところです。
それが無理だったら、日本人を含む外国人の旅の道連れを見つけることをオススメします!

詳しくは、インドの痴漢の話。

シムラ町1 午前9時過ぎにシムラに到着すると、早速、宿探しに出かけた。
探すと言っても、この町は観光地。イギリス統治時代の夏の首都、現在は夏の暑さを避けるインド人の避暑地。 ホテルを探すと言うよりも、たくさんありすぎて選ぶのに困るくらいだ。

そして、アルファベットでカラフルに書かれたホテルの看板が乱立しているを見ていると、なんだかラブホテル街みたいで気分が萎える。おまけに町全体にかかった霧が温泉の湯気のよう・・・。とてもリゾートな気分にはならない。

シムラに来た目的はあくまでも列車の旅の起点にするため。だから、この際そんなことはどうでもよろしい。 明日の利便を考えて駅の近くに宿を取ることにした。
シムラはマナリと同じく、高地にあるためこの季節は意外と肌寒い。雨も多く、いわゆる閑散期でどの宿もがらがら。

宿にチェックインして4日分の垢を落とすべくシャワーを浴び、思う存分昼寝をしてから町を散歩した。
シムラはイギリス統治時代の名残、英国調の建築物が多く残っており、加えてトイトレインの発着地でもある。

トイトレインはイギリス統治時代に建設された登山鉄道のことで、小さくておもちゃの様な風貌からそう呼ばれている。
最も有名なのはダージリンにあるトイトレイン。動力が未だに蒸気機関であることと、そのかわいらしさに世界の鉄道マニアや旅行者がダージリンを訪れる。
シムラのトイトレインはディーゼルだし、シムラからだと山を下るだけだから、気分が半減するけど、とりあえず乗るかと。

まず、発車時刻確認のために、駅に向かった。トイトレインは指定席がなかったが下車後の特急の切符を購入した。

シムラ町2 心配事がなくなると人間誰しもお腹がすくもので、久しぶりにインド料理を食べようと思った。それも絶対肉が食いたい。 頭の中はチリチキンでいっぱいになる。
そしてチキンを求めて徘徊するワタシの目の前にノンベジタリアンレストランがついに現れ、しかも店頭に皮がはがれたつるっぱげの丸ごとチキンがぶら下がる。ここのメニューにはきっとチリチキンがあるはずだ!

結局、チリチキンはあった。 ワタシがこれまで食べたチリチキンとは作り方も味も全然違って、そして、とても、いやかなりうまかった。
それなのに、ある意味とてもまずい食事になってしまった。もう一度行って食べなおしたいくらいだ。 やはり、旅のご飯はただ味がいいだけじゃうまかないのである。


じじいのナンパに逃げ惑う私・・・。こわいっつーの。

「チッリチキンっ!!」←そうとう食べたかったらしい

1人だから食べれてハーフよねぇ。あとはダルとーチャパティーを二枚!
注文をしたあと、心浮き立ちディナーのお出ましを待つ。店内にはワタシの他には1人、インド人の男性がいるだけ。 まだ夕方の5時過ぎだから夕食にはチト早い。

先客のインド人男性は水をもらいに立ち上がったとき、ワタシの姿に気が付いた。
そして、おもむろに「日本人?1人じゃ寂しいし、一緒に食べない?」みたいなことを言ってくる。
一見60歳くらいに見えるその男性。やせこけた体、浅黒い顔、そして、薄くなった頭。実際は見た目より若くて実際は40歳くらいかも。

「あー・・・別にいいですよ。」

特に断る理由もなかった。正直言って、何も考えていなかった。だが、5分も経たないうちに後悔する事になってしまった。

まず、その英語。一体何処の出身なのかわからないが、さーっぱり何を言ってるのかがわからない。
ものすごいくぐもった話し方な上に巻き舌。標準的なインド英語インドリッシュみたいに、Rを読んでしまうとか、そういうレベルの話ではない。ごにょごにょごにょごにょ言うから口の動きで言葉を読む事もできない。

チリチキン お陰で何度も聞き返すはめになり、それだけでもストレスなのに、言うことがまたムカツク!!

「日本はテクノロジーが進んでるし、日本人はすごく頭がいいくせに英語が下手だよなー」

なんて言うんである。確かに日本人は英語が下手だが、お前に言われたくないっつーの。
そもそもあんたの英語が下手だから聞き返してんのよ。

「日本人は英語が得意じゃないからねぇ」と一歩引いて言ってみれば、「何言ってるんだ!日本人は英語が下手じゃないか!!」と、まるで会話がかみ合わない。
NOT good at"と何度否定形を強調したことか・・・。

次に、その食べ物の食べ方!
いくら仲のいい友達でも、正しく箸を持てない人や食べ方が汚い人と食事するとちょっと気分が萎える。
くちゃくちゃ音をたてて食べるなんて言語道断である。いらいらしてご飯がまずくなる。

親父が喰っていたのはタンドーリチキン。それもこれだけを注文したらしい。
"左手は不浄の手。右手の、しかも三本の指だけ、さらに第一関節から先だけを使って上手にご飯を食べる様を見ていると芸術のようである"なんて誰が言った!そんなインド人見たことないんですけど・・・。

両手のひらまで油でべとべとにしながら食べるだけならいいと思う。親父が不浄の左手を気にしないならどうってことない。

「タンドーリチキンひとつ食べてみなよ。おいしいから。」と薦めるもんだから、 「じゃあ、チリチキン食べていいよ。」と答えた。交換のつもりだったのである。

そこまではいいのだが、なんで勝手にワタシのチャパティー食べるの?勝手にダルを飲むの? そのダルのスプーンはワタシのスプーンだ!・・・一気に食欲が失せてしまった。この親父と間接キスなんて絶対イヤ。

「食事をしているとき、偶然友達が店に入って来るとするでしょ。
 日本人はそこで、"ちょっと待ってて。すぐ食べ終わるから"って急いで食べるでしょう?
 でも、インド人は違います。"とりあえず、一緒にどう?"ってひとつのご飯を一緒に食べるよ。
 それで足りなかったらあとでもう1人分の食事を追加するの」


こうインド人に言われた事がある。でも、それとこれとを一緒にして貰っちゃ困る。
あまり親しくもないのに・・・って言うのもあるが、それ以前に食べたきゃ自分で頼めよ~。

終いには「なんかプレゼントする。」「君はゲストだから飯をおごる。」などとワケのわからない事を言い出す。
「別に欲しいモノなんてない。ご飯は自分で払う。」って言えばすごい形相でにらみつけるし、 親父が追加で頼んだチャパティーはワタシの勘定に入ってんし、何なのよ一体。

「私は離婚してて、今1人なんだ。・・・君の住所を教えてくれ。」

やなこった。

なんだかんだと言って、勘定は親父が払った。が、その後マーケットに行ってなにかプレゼントを買うとうるさい。
いらないと言うと怒る。なんで怒るんだ!(それは下心があるからである。)

シムラに住んでいるという割にはシムラのマーケットの場所を知らない。
日本製だと自慢するボストンバックはどう考えてもばったもんアディダスである。
何から何まで嘘臭い。思わずご飯を一緒に食べるなんて迂闊だった・・・。
うまいご飯も一緒に食事をする人によってはメチャクチャまずくなるのだ。ホント。

「どうやって、親父と別れよう・・・。ただ走って逃げると騒がれそうだし・・・。」

ぐるぐる考えながら、親父と二人、マーケットまで坂を登る。

ところでシムラの町を歩いていてずっと思っていたのだが、ここにはオートリキシャが一台も走っていない。
この町は狭くて急な坂道が多く、日本でいえば尾道とか長崎みたいな感じ。
リキシャの貧弱なエンジンでは登っていくの大変だろうし、停車していられるかどうかも疑問である。
バイクなら自分の足で停めていられるけど、さすがにリキシャはムリでしょう。車重に耐えられない。

そもそもリキシャにサイドブレーキってあるのか?それ以前に坂道発進ができない気もするなぁ。
この坂でブレーキを外した瞬間、後ろ向きにどんどん滑り出して崖から落ちてしまいそうだ。

そして、リキシャも走れないこの急坂を登る親父の足取りはものすごく重かった。やはり、相当年をとっているらしい。
ふうふう言いながらやっとの思いでマーケットまで坂を上がっている。

シムラのマーケットは街と同じく小さくコンパクトにまとまっていた。
食料品、日用雑貨のお店が所狭しと並んでいる。籠いっぱいの山盛りスパイスが並んだ店、紅茶の店なんかはインドのお約束。観光客向けの店なんか一軒もなく、すごいすごい興味をそそられるのだが、1人じゃないんだよ・・・。

「何が欲しい?アクセサリー?サンダル?何でもいいよぉ・・・」

いらねぇー

荷物を増やしたくないんだよぅ。サンダルで長時間歩くのは辛いんだよ。そんなアクセサリーに興味なんてないんだよ。

テキトウに断りつつ、スタスタと人混みを歩いていると、気が付くと耳にねっとりとまとわりつく親父の不快な声が聞こえてこないのに気がついた。
おそるおそる後ろを振り返ってみると、そこに親父の姿はなかった。

始めはそのことがうまく飲み込めなかった。さらに10メートルくらい歩いて、もう一度振り返って見たがやはり親父はいない。
おおおおおおお。はぐれたんだ!人混みに紛れて消えた!!

私はさらに足早になり、気が付くと走っていた。逃げる逃げる逃げる。振り返っても振り返っても親父の姿はない。

ふと、左手に何十メートルも続く、狭くて急な階段が現れた。息を大きく吸い込むと、一目散にその階段をかけ登る。
この階段の下に親父が現れたら終わり。下から私の姿は丸見えである。とにかく急いで坂の上まで出なければ!

坂道を登りきると突然町並みが変わった。今までのインドの庶民的な雰囲気は消え去り、ヨーロッパの街にでも迷い込んだ様である。
ここがシムラのメインストリート、The Mallと言われる高級ショッピング街であった。

山の尾根伝いにあるこの通りは、高級ブランドショップや西洋風のレストランが立ち並ぶ。郵便局などの建物も英国調で華やか。店員も客も身なりが良い。
この通りは、英国統治時代にはインド人は歩くことさえ許されなかった。現在はお金持ちと観光客が主な客層だ。

The Mall 実は私、スピティにいる間にスニーカーをダメにしてしまい、この時はデリーで買ったいぼ付きビーチサンダルを履いていた。
これはいわゆる健康サンダルのようなもので、足の裏がものすごく痛い。歩行用に作られたデザインじゃないんだから当たり前である。

靴屋を見かける度に靴を買いたくてしょうがないんだけど、親父が追いかけて来そうで怖い。
きょろきょろと周りを見渡し、ショーウィンドウをのぞき込み、ひたすら足早に通りを突き進む私の姿は、はっきり言って挙動不審だったと思う。

しばらくの間、The Mallをひたすら突き進んだ。もはや自分が何処にいるのかはわからない。
このままではどうしようもないので、今度はテキトウに目に付いた路地を下のバス通りまで降りてみることにした。

降りたところはマーケットと宿泊している小さなホテルの中間くらい。さらに足早にホテルを目指す。

道路沿いの小さな商店の前を通り過ぎようとしていたそのとき、急に私を呼び止める声がした。

「ハーイ、マダーム。」

ぎくっとして振り返ると、そこには昨日の痴漢行為を働こうとしたバスのドライバーが立っていた。

日が落ち始め、どんどんと暗くなっていくシムラの町でひたすらじじいから逃げていた私は、このとき心底ひとりになったことが寂しかった。 なんで私はここでこんな事をしているんだ?電話屋に飛び込んで日本にいる誰かに愚痴りたい。
白人の姿は見かけるモノの、アジア人には全く会わない。チベット人だってカラチャクラのまっただ中でこの町にはほとんど残っていない。

「今日は何処のホテルに泊まってるのぉ?」
「教えなーい。」

痴漢をしようとしていた男に向かって思わず笑顔で答えていた私。なんかちょっと気が抜けたんだよな~。
さすがに足を止めたりしなかったが、日本人は痴漢しようとしても怒んないぜーって調子づいてたら、次にあいつに出会った方ごめんなさい。

結局その後、親父に遭遇することはなく、無事にホテルに帰り着いた。
食事の最中に「どこのホテルに泊まってるの?」という問い「わかんない」と答えていたが、 それは本当にホテルの名前を知らなかったからだ。
だからホテルまで来る可能性はないが、安心したのもつかの間、先ほど交わしたぞっとするような会話を思い出した。

シムラの駅 「シムラに何しに来たんだ?観光?明日はどうするの?」
「んー。電車に乗りたいの。明日の朝、カルカまで電車で下るつもり」

余計なことはいうモノではない。朝の電車って・・・この町は列車の本数が少ないのだ。
朝と言えば、8時過ぎの列車一本だけではないか!

今の私は言ってみれば単なる食い逃げである。
でも、たったの100ルピーで自分を売るつもりはさらさらない。だいたい、私は自分で払いたかったんだ! 払おうとしたら親父が鬼のような顔で睨みつけて、怒り出したんだ!暴れそうな雰囲気だったんだよぅ。

朝になって、あの親父が駅で待ち伏せしてないことを祈る!

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